松山千春デビュー25周年

正月番組は不毛
 一昨年だったかなぁ、「いちご同盟」ってETV(NHK教育)テレビの番組を見て感想を書いたのは。今年(2001年)の正月番組にはインパクトが無かった。だから、箱根駅伝あたりが相場かなとも思ってしまった。
 ひとんどの人が目にしなかった「松山千春25周年」特別番組が1月3日に北海道では15時から流れた。北海道でTVHだから、全国的には昔の「東京12チャンネル」系列だろうか。
 僕の正月のテレビ鑑賞はその年を反映する役者ってスタンスで見ている。これは何故かと言うと1960年代後半の頃だったろうか「初夢」に当時テレビ番組総なめのタレントが出てきたので時代を計るバロメーターみたいに正月番組を意識するようになった。
正直言って今年は不毛であった。去年は2000年問題で正月は会社に詰めていたのでほとんど見ていないので、一昨年と比べても不毛であった。だいたい日本テレビの看板番組である「雷波、電波協同番組」を大晦日の紅白歌合戦にぶつけて、放送して、その「録」を正月に放送しないのは企画力無い日本テレビを言わざるを得ない。そもそも家庭では紅白歌合戦派と「電雷派」が見ているし、「電雷」は再放送でも見るに耐える番組である。紅白歌合戦を再放送で見るシトは居ない。
 で、サッカーを見ると同点延長決定の時にチャンネルを替えて、しばし見た後で戻すと延長戦開始早々に決着が着いたらしい。決定的瞬間を見逃してしまった。

21世紀に向けてのメッセージ
 との想いを込めた2000年のコンサートツアーを中心に、過去のフィルムを交えて、加えてシアトル・マリナーズの佐々木投手、帯広でのコンサートへ来場したいっこく堂、そして中森明菜と多彩なゲストも加えた2時間番組だった。今回のコンサートのテーマは21世紀に向けた日本。平たく言えば物質文明から真の豊さへの問いかけとでも言ったら良いだろうか。
 このあたりの番組を見る前に立風書房から出ている(出ていたかな)「松山千春ーさすらいの青春ー」富澤一誠著1979年4月10日初版を見つけて読まれることをお勧めする。松山千春はいかに作られ、いかに自ら育っていったかを知ることができる。
 で、正直言って松山千春は好きでは無い。どちらかと言うと嫌いである。45歳にもなって人を「お前」としか呼べない品の無さ、精神の貧しさ、さらに追い打ちをかけると足寄町にこだわる割に田舎を馬鹿にした態度(その理由は前述の本を読むと解るのだが)が鼻持ちならないからだ。
 ただ、歌は本人の品行とは別に「一部」好きである。時々「女々しい」と表現したくなるような曲があるが、ま、これは聞かなければ良い訳で。

「計れないものを大切に」
 コンサートの模様が北見、帯広、札幌会場が紹介されている。特に北見は「第二の故郷」と言うか、松山千春が最初に就職した都市であり、僕が学生時代を過ごした頃と時期が重複している。たぶん、北見の山下通りにあった唯一のキャバレー「桃山」に面白い男がいるって噂の本人が松山千春だったと思う。ちなみに、同じく北見で唯一のストリップ劇場の支配人を知ってるのだが、彼を知ったのは小林幸子が一緒に飲んでいる現場を見たって話しを10年ほど経ってススキノのスナックでしていたら「俺だよ」って声を掛けられた時である。おっと、話しが飛んだ。ちなみに僕は当時売り出し中の沢田亜矢子がデビュー披露で北見市民会館で「あざみの歌」を唄った時に照明係りのアルバイトをしていた。(なんで、北見の思い出話しになるんだ、ヤイ!)
 で、札幌会場である厚生年金会館(さすがだなぁ、岩崎宏美のコンサートの時はガラガラだったのだけれど、松山千春には厚生年金会館を満杯にする力がある)での発言。
 「幸福と裕福は違う、戦後日本は裕福を求めてきた、それはそれでしょうがないのだけれど、そろそろ幸福を求めよう。幸福になる物は計れない、裕福は計れる。僕は君を5cm愛してる、あら、私も5g好きよってのは会話にもなにもならない、そんな計れないものこそ大切にしなければ」とステージから語り掛ける(ま、「脅す」って言ったほうが良いかな)。
 ま青少年に向けては順当な「おやじ」のたわがとだろう。でもね、我々は古切手を集めて金に替え赤痢のワクチンをアフリカに送ったり、してる訳で、貧困を裕福で救うって活動をしていたりする。
それは、それで高尚な事である訳で、決して無視できない善意な訳で誰もそれを止めさせることは出来ない訳で。
おっと、「北の国からの純じゃないって」

理想論が子どもを追い込む
 物事に対する考え方、特に「方針」レベルを批判するのは人格攻撃でありその人の否定にもつながりかねないので控えるが、45歳にもなったら、もちっとましな話し方をしたらどうだろう。25周年の間何をしてきたのか。常に目下の者への慟渇がキャラで、同年代や目上に受け入れられない。それはそれで良いのだけれど、だんだん自分歳をとって自分の目下が増えてくる。一部の目下は会社の社長になっていたりする。がしかし、松山千春は25年前と同じ。これでは消滅は近いだろうがぁ。
 「お前らなぁ」とかステージで話しながら本当に大切な「世間への説得」を技量の無さから放棄しているとしか思えない。2時間の放送の中に岡林の「私たちの望むものは」を唄う前に、時代背景とともに岡林を崇拝する千春が描かれたがその精神は残念ながら全然違う、
 そもそも松山千春の歌にはメッセージ性が無い。それはそれで良い。社会を描いた歌が無い。それはそれで良い。貧乏は個人の努力で克服可能だが差別は個人では克服不可能である。ま、それを知らないのもそれで良い。
 で、北海道知事候補にって時に皆が笑ったのは何故かと言えば、人生をリーダたらんとして生きてきたかって事に尽きる。
人の発言は大きく二つに別れる。一つは「説得を試みる空しい努力。ふたつめは「NHK的青年の主張」である。前者は伝えようとする努力が語られる言葉の端々に感じられる。とにかく相手に伝えなければって努力を感じる。後者は言いっぱなしである。ほとんど伝わらない、伝えるよりも自分のストレス解消のために放言してる(おっと、このボードがそれだって!)。で、後者は罪悪であると僕は言いたい。
 10kgのパンチで殴られたら5kgのパンチ2回で返せば良い。がしかし、計れないものでの攻撃は返しようが無い。下手すると返す意欲も湧かない。
 つまり、裕福は得る事も出来るし失うことも有る、同様に幸福だって失う事もあるし得ることもある。ところが、裕福は失っても再度チャレンジできるが、幸福を失ったら再度得るのは大変辛い。そんなことまで解っていて大人が発言するのなら良いのだが、松山千春は解ってるのかなぁ。曲を聞く限り「そんなことはどうでも良い」ってのが本音じゃないのかなぁ。

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2001.01.03 Mint