ミール地球に「帰還」

ミールは格好の科学技術教材だった
 我々の世代(僕は1951年生まれ)にとって体験したドラスティックな技術革新は「宇宙開発」だと思う。たぶん、今の世代(1970年代生まれあたりかな)は「パソコン、インターネット」なのだろう。
 アメリカのケネディ大統領が「1960年代の終わりにはアメリカは月に人類を送る」を政策とした時から我々は数年前の小学生が「スーパーカー」に詳しいように打ち上げロケットに詳しくなった。最初がバンガードであり、アトラスである。本でしか知らないドイツ軍のV1、V2を作ったフォン・ブラウン氏がこれに係わっていることなんかの情報を雑誌を通じて得ていた。
 実は有給休暇利用してミール帰還当日は仕事を休んだ。考えてみるとミールはパソコンの普及とともに宇宙が身近になったシンボルなのだ。衛星軌道データってのは今ではインターネットで簡単に入手できる。1989年当時、パソコン通信を利用するしか無かった。そのパソコン通信でプログラム(もちろんMS/DOS版)をダウンロードし、ftpで大学の最新軌道データを入手して自分の住む場所で見えるチャンスを計算したものだ。
 ミールは格好の軌道計算題材だった。NASAから軌道データが流れているし、個人がパソコンでミールが見える方向と時間を計算できた。僕も何回か予測に従って観測に出かけた。その観測予測は往々にして外れ、たまに当たると嬉しくしょうがなかった。
 初めて自分で予想し、それが見えた時に「あ、ミールが来た」と声に出して叫んだ、まわりを歩いていた人が「あ、あれがミールですか」と声を掛けられはずかしい想いをした。
 最初の体験で感じたのは「移動量が早い」ってことだ。星空で見る人口衛星は高度が高いものが多いが、ミール程の高度だと頭上を1分程度で通過する。全天の60%程を1分で通過する物体はものずごく早く感じる。

実は札幌はミールの直撃が結構有る
 ミールの軌道は北緯52度と南緯52度の間で繰り返される。地球が円いために、通常のメルカトル法の地図ではサインカーブにようにプロットされる。このサインカーブがミールの地球を一周するのが約90分。この間の地球の自転により少しずつ軌道は西にずれる。
せっかくだから簡単な計算をしてみよう。
地球の全周は360度(あたりまえか)。これが太陽に向かって一周するのが24時間。本当はその間に太陽を中心にして公転しているので若干それより短いが、365日で360度の公転変動は1日で360度の時点変動に比べて小さいので誤差の範囲に入れて無視しても良いだろう。
このような科学の話しをするときに一番気になるのが「分かりやすくする」ってことと「真実を教える」ってことの狭間で悩む事。実は小学校や中学校の現場の先生は全然悩まない。彼らには「学習指導要項」って錦の御旗が有って、「国が指針」を決めている。他人が決めてくれると自己責任が無いので楽でしょうがない。まったく、「学校の先生は最悪の頭脳労働者である」って僕の持論がまた出てくる。
話しが逸れるが僕が入手した(最近女子大で非常勤講師やってるんで、この種の資料が入手できるようになった)資料で「小学校4年生までの理科の授業では電池は2個までとする」って条文。これが、文部省、今の文部技術省に作文された教育の規制緩和なのだ。何を考えているののか。「知識を押しつけない規制緩和」が「電池は2個まで」かぁ。馬鹿じゃないの。これは社会に出て役にもたたない受験のための「直列接続・並列接続」をかろうじて残しただけじゃないか。
 例えば電池を3個使えば直流のプラスとマイナス極が数学のマイナスと同じように働くことが解る。もっとも「学習指導要項」では小学校では「マイナス」の概念が無い欠陥があるのだけれど、電池を直列に3本並べて、そのうちの一本を逆にすると打ち消し有って電池1本分の出力しか得られないって実験ができる。が、これを「学習指導要項」は切り捨てている。知的興味なんか視野に無いのだろう、教える側の知識を制限して何が「教育」だろうか。
話しを戻そう。情報教育も同じである。パソコンを使ってミールの軌道を計算させて、それを実際に目にする。それが現在の「学習指導要項」では出来ない。情報教育は好きかってになって良いが「理科」では衛星軌道なんて分野は受け入れられない。じゃぁ、情報教育を担った先生はどうすれば良いのか。
 私の場合不良になります(笑い)。
講義の中心はインターネットで、アダルトが出ようがなんでも情報収集にどん欲にならなければ死ぬでぇって言ってます。既存の学閥の構造が出来てない分野なので、既存の学閥の矛盾が一番見えてくるのがこの分野じゃないだろうか。napstreaでmp3のデータをさっさと入手しないと損するでえとか、ゲームプログラムのダウンロードとか既存の体系に無い講義を展開してる訳です。
で、そんあ話しはどうでもいいのだけれど、北緯52度で折り返すミールは結構北海道の札幌を横切っているのですよ。

ミールへの鎮魂歌、当日最後の札幌パス
 先に書いたように当日(2001年3月23日)は有給休暇をとり、CNNの生放送を中心にインターネットを使いながらミール情報をワッチします。
 先に書いたように上空を1分程度の高速で過ぎ去るミールを視覚で捉えようと全国各地で活動している組織がある。日本最後のパスは中国地方から広島市を抜けて太平洋に抜けるのだが、当日は5回程日本を横切る。最初は6時頃から始まり、8時のパスでは陸別天文台が追尾に成功して映像を残した。
実はこれが日本で観察された最後のミールの映像。この後、逆噴射を始めたためコンピュータに正確な軌道が入力できず自動追尾は不可能になった。先に書いたように、1分程度で横切るミールを高倍率で撮影するには手動では無理でコンピュータ制御の追尾が必要になる。がしかし、刻々と替わる軌道要素はたとえインターネットであっても入手できない。
予報値で軌道を地図にプロットしてみると、12時59分のパスは札幌市上空を通過するパスだ。北緯52度で折り返し若干南に向かうコースで、札幌から見ると西北西からのパスで石狩湾の上空から現れる。たぶん、軌道要素はその前の減速逆噴射で変わっているだろうが、それは高度であって軌道は変わらないのではないか。と思い、30分程前に双眼鏡を手に発寒川の河川敷きに構える。
 当日は風が強く雲が急速に流れるのだが、そのときは西北西には雲一つ無い快晴。前に何回かミールを目視してるので、見えるイメージは持っている。10秒毎に視線を変えて空を見続ける。減速しているので予測時間の13時から10分過ぎても観測を続ける。結局、目視できなかったが、たぶん、僕が観察していた時間にミールは頭上を越えて最後のパスに向かっていたのだろう。家に戻って14時からのCNNを見る。

どうも、若干帰還は早かったようだ
 日本時間で14時15分あたりに広島をパスして太平洋に向かい15時に南太平洋に着水の予想だったが、若干手前、なおかつ早かったように感じた。
CNNではフィージーとの電話で14時45分頃に「素晴らしい体験をした。ミールがいくつかの破片になって上空を通り過ぎた。ソニックブームは当時落雷が有ったので明確に確認していない」って会話が14時50分頃に流れた。予想以上に減速が効いたのか日本上空通過の高度も若干低い。もっとも太平洋に出てからの高度は予想以上に急激になってる。
 やはりミール程の大きさがあると計算より抗力が大きく早く減速し落下するのかもしれない。
15年のミールの飛行を振り返って、たとえ燃え尽き残骸が南太平洋に落下しとしても「おかえり、ミール」と言いたい。CNNでも「ダスビーニゼア、ミール」とミールさようならを言っていたが、僕は地球に戻ったのだと思いたい。
fall mir in earth ,re-entry mirと表題は違うが、宇宙開発とともに歩み、情報を得ていた人達には「お帰り、ミール」と言いたい心情があると思う。

おかえり、ミール

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2001.03.23 Mint