ニセコ町長は続投以外の道は無い
次世代を育てないで辞任は責任放棄
ニセコの町は正直言って良く知らない。隣の倶知安町には商店組合に呼ばれてちょくちょく出かけたことが有るがニセコには呼ばれなかったなぁ(あ、商店街が無いか!)
人口規模が4300名って規模では札幌で言えば「町内会」なのだ。別に規模が小さいからないがしろにするつもりは無いが、大切な事は10人10色と言われるように100人居れば100の意見、1000人居れば1000の意見が有るってことだ。公僕である自治体職員は意見が多いほど調整に手間取る。
ところが、ある数を越えると「少数意見」としてネグレクト(無視)しても良いようだ。これが現在の市町村合併を推進する統計情報に読み取れるのだが、これを議論するマスコミは居ない。市町村規模が3万人を越えると人口1万人当たりの職員数が減少する。これを「効率」と呼ぶのか議論すべきだが、「都会」になると「無視して良い」住民が増えるって事と僕は統計を読みたい。
で、市町村合併(吸収合併)必須のニセコ町なのだが、昨年3選された逢坂町長が今の時点で辞めて何を目指すのかが見えない。それよりも、突然投げだしたように見える辞任発表は「町民本位」と言っていた逢坂氏からはほど遠い行動なのだが、その裏を表に出して説明しなければ、説明責任を果たしていないと思う。自らの情報への取り組みがドタンバで破綻に向かっていることを「怪人ニセコ」は自覚しているのか。
最も出来ていないのが自身の「情報開示」なのだ。日曜日の朝に辞任表明をホームページに書く事が情報開示では無い。紙芝居では無いのだから「説明責任」ってことをどう受けとめているのかはなはだ疑問だ。書けば説明ってのは電気炊飯器の取扱い説明書なみの情報リテラシイなのだ。それでよしとする行政が逢坂氏の理想なのだろうか?
ニセコ町の情報公開は「ニセコ町取扱い説明書」ってことなのか。「取説行政」と烙印を押しておこうかな。
ニセコ町に影の町長として君臨することは出来ない
「市町村合併に鋭意努力する」とか言っていたのがキーワードかなと思う。地域の再編成に向けて新しい行政区のトップを目指すのなら、当事者としてニセコ町長であるよりも浪人のほうが良いだろう。倶知安町の伊藤町長は北海道庁出身でそれなりの影響力が有る。彼と戦って勝つためには「現職のニセコ町長」であるよりは、「帰ってきたウルトラマン」のほうが良いと彼は考えたのだろう。
でも町民の60%を越える嘆願書を受けてどう判断するのか。HBCラジオの「夕刊オガワ」に出てる場合では無いのだ、本当に「町民オリエンテッド」な町長なのだと自覚すべきなのだ。
町長を続けないのならニセコ町を去るべきだ。札幌に移住するのか東京に移住するのが、今の「町長辞任」はニセコ町を去るって宣言なのだと本人は解ってるのかなぁ。
去らないのなら、影の町長として君臨することになる。それでは後任者がたまらないいだろう。
最後は「郷土愛」の問題なのだが
北海道で情報化って視点で考えるとニセコ町が属している後志支庁は一番情報化が遅れている地域だ。小樽市で生まれた僕はこの事態に何か手助けしたいと思うのだけれど先に書いたように余市町役場で致命的ショックを受けた。
逢坂町長に大切なことはニセコ町長って地位が自身の目的を達する手段だったのか、目的だったのかって点である。ニセコ町の事を思うか、自身のことを思うか、これが境目だろう。情報公開してると公言することは容易だが、「情報」ってのが解ってないことが多い。説明責任ってのも「情報」なのだが、逢坂町長は出来ているか疑問だ。
郷土を捨てて出ていくのか、郷土で頑張るのか「怪人ニセコ」の正念場なのだ。