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律令国家とは律(法律)と令(政治を行う仕組み)を明文化した国家と言うのが正しい解釈だが、ここでは令に重点を置いて考えてみたい。国を運営していく上でお金は国民が負担する方式、これを非常に広義に捕らえて律令国家運営制度とあえて呼ぼう。例えば産油国の王国では資源(石油)を外国に販売し、そのお金を国内の治安、医療、福祉等のいわゆる「令」の運営に当てている国もある。アフリカの一部では宝石の採掘を行い、これを販売して外貨を得て国を運営している国もある。
近代国家は何らかの「税金徴収制度」を用いて政治を行う財源にしている。これ自体は自由・平等を維持するための仕組みとして一番機能しやすい制度として発展を遂げてきたと言える。その意味で、税金徴収制度が整備されない、もしくは出来ない国は発展途上と言わざるを得ない。 文化に儒教の下地がある極東アジアでは、集める仕組みはさほど問題なく浸透した。ま、広く薄くまんべんなくって感じではあるが。 問題は、その使い方、まさに「令」の部分の「再配分」の部分が発展途上と言わざるを得ない。 「民間で出来ることは民間で、民間で出来ないことは官庁で」が大原則になる。この大原則は大きすぎてなかなか守られないのだが、これに加えて「パーキンソンの法則、役人は自ら役人を増やしていく」を排除する必要がある。「民間が必要としない機能を官庁で作らない」。 大きな政府が良いのか小さな政府が良いのかだた、基本的に外交と軍事を担う国と加えて経済振興を担う地方とに分ける必要があるだろう。今の規模で比較したら小さな中央政府と大きな地方自治と言えるかも知れない。 これによって集められた税金の使い方が透明性を帯びてくる。 先に書いたODAでも国家予算の(赤字国債を含んだ総予算)1%が使われている。この1%の中のさらにコンマ数パーセントで一国を牛耳る政府を養護できる。こんな不透明な使い方は無い。各自治体の姉妹都市間で使われてこそ透明性が増す。 それよりも、三権分立も日本は巧く機能していない。これも「令」の部分の未発達な部分だ。例えば今話題の曽我さんの夫であるジェンキンスさん訴追にからめて「小泉純一郎首相とブッシュ大統領の間で話を付ければ良い」みたいな話がまかり通っている。アメリカでは行政と司法は分離しており、ブッシュ大統領が「許してやってくれ」なんて言おうものなら即刻大統領を弾劾される。 同じ感覚で立法が行政に干渉する。ここが「政治と金の問題」の根元にある。国民の税金が歪めて使われるのは多くの場合、政治家による官僚支配、そしてその見返りとしての官僚による政治家支配と、お互いもつれ合っている関係を切らなければ「令」は改善されない。 |
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高い自律精神の下、代議員政治が機能する。当選したらこっちのものみたいな政治家には政治を預けられない。その意味で「政治と金問題」は政治家自身の内部崩壊に端を発し、有権者の支持を失い政治全体の崩壊に繋がって行く。
派閥の長が関係する「政治と金問題」は派閥の崩壊を引き起こし、結局、政界の再編成に繋がる。政権が引力となって与党であることが魅力であった守旧的政治家(多くの場合、高齢だが)が身を引くことにより若い世代の自律した政界再編成が進む。派閥の求心力であった親分の政治献金のおこぼれに預かるのも政党助成金で党が再配分する。小泉純一郎首相は派閥順送りの閣僚人事は行わない。としたら、派閥に属する意味って何だろう。 小選挙区制は候補者を派閥で調整して2名に絞る機能が使えない選挙制度。政治資金規制法は派閥として資金を集める機能を制限する。派閥の長を数の論理で総裁に推す機能も派閥の長が元総理大臣では動きが取れない。 様々な時代背景の変遷によって派閥が機能しなくなったのに、冠として残した派閥の長が不祥事に巻き込まれたら、政界再編とまで行かないにしても派閥再編は現実のものとなるだろう。そして、その運動エネルギーがもう少し高まれば政界再編にまで向かう。 |
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