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番組を制作したのはドキュメンタリー・ジャパンである。
2005年1月16日に放送された「サンデー・プロジェクト」(テレビ朝日)で田原総一朗氏が「ホームページを見ると様々なことが分かる」と番組制作の「経緯書」を示して背景を説明していた。同時間に僕がホームページを見ると掲載リンクが切れていたが、別なリンクを辿ると「経緯書」全文を見ることができた。 しかし、現在のホームページを見ると、「弊社の内部資料であり、公表することはできません。」となっている。さらに「田原総一郎氏がどのようにして入手したか、当方は承知していない」となっている。ここにも不思議な現象があらわれてる。 さて、そこまでドキュメンタリー・ジャパンがナーバスになるのは、この番組の放送を巡って控訴事件が起きているからだ。原告は番組中で扱われた民衆法廷「女性国際戦犯法廷」を主催した「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」、被告は放送したNHK、NEP21(NHKエンタープライズ21)、そしてドキュメンタリー・ジャパンである。しかも2004年3月24日の東京地裁での判決は被告三社のうちドキュメンタリー・ジャパンだけに損害賠償100万円を命じ、現在東京高等裁判所へ控訴中の案件なのだ。 ご丁寧に控訴理由書もホームページで公開している。これを読むとNHKによる編集が原因であり、ドキュメンタリー・ジャパンのみが損害賠償を負うのは不適当だと書かれている(何時まで掲載されるか不明だが、サンデープロジェクトではこのプリントアウトも田原総一郎氏の手元にあった。改行が不揃いなので良く分かる) 加えて、高裁での控訴審が1月17日に行われ、原告は中川昭一氏、安倍晋三氏、海老沢勝二会長、長井暁氏、松尾武氏、野島直樹氏(自民党に「呼びつけられた」2氏)の6名を証人として申請している。 ま、これもパフォーマンス狙いの確信犯(誤用認識)ではないかと、疑いたくなる。 |
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検閲の用語を用いるのは適切では無いが、NHKが番組制作過程で外部の圧力(それに屈するかどうかは別にして)に晒されるのは事実だろう。特にNHKに限ったことでは無いが。前述のサンデー・プロジェクトに生出演した安倍晋三氏の発言では明らかに番組内容を放映前に知っている。「弁護人も居ない裁判は裁判じゃない」とか、はては「裁判の出演者には元北朝鮮工作員だった人が居る」とか。
そして、それらを踏まえて「公正にやってください」とアドバイスしただけ、ってのが安倍晋三氏の発言(弁明)だった。どこの世界に個々の事象を指摘しながら、公正にやってくださいと言うのが圧力じゃない世界が有るのか。この点では安倍晋三氏もボロを出してしまった。 そもそもこの番組は受け手が無く、ドキュメンタリー・ジャパンも「NHKさん、これ、やばいんじゃないの」(田原総一郎氏談)って番組だったらしい。で元ドキュメンタリー映画の田原総一郎氏らしい追求は、何故こんな左向きな番組を作ったのか。これが編集によって大きく右向きに変更され(1回目)、さらに右に舵を切った(2回目)のは何故かって所に集約される。しかも田原総一郎氏は生でこの番組を見た貴重な視聴者でもある。 44分番組が3分カットされ(1回目)さらに29日夜(安倍晋三氏と面談の後)に1分カット(2回目)され、40分番組として放送された。この2回のカットが何に起因して行われたのかを田原総一郎氏は事実を導き出す核心部分と見ているのだろう。 しかし、その放送内容を見ていないのでコメント出来ないが、天皇の責任って部分で「有罪」に結論が出るような番組は、やはりNHKとしては「おうかがい」で事前根回ししておきたいのではないだろうか。と、言うかそもそも、そこまで「やばい」番組を企画すること自体が受信料で好き勝手やり放題の体質が見えてくるのだが。 NHKは国会で承認される予算に基づいて運営され、国民からの税金に等しい受信料を財源にしているのだから、国民の代表である与党の自民党国会議員に「おうかがい」は当然の企業防衛だろう。それを「放送に政治の介入は許さない」なんて青い論理を振りかざしても国民のコンセンサスは逆に得られない。 そんな「やばい番組」作りは国民の公器であるNHKには許されないんだって認識がNHK内部に欠けてるのではないか。 BSで冬ソナのノーカット版流したのだから、同じくBSで「問われる戦時性暴力」44分ノーカット版を再度放映したらどうだろう。まったく、田原総一郎氏の言う「左かかった番組」だったのか、国民が判断すれば良いのだから。 |
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元々新聞界の左右の代表の朝日新聞と産経新聞が火花を散らしている。特に産経新聞の攻撃が激しいが、産経新聞のホームページでも朝日新聞叩きが行われてる。それにしても、同番組内でコメントしていた秦郁彦氏を引っぱり出し「あれは、お笑い番組。まともな番組を作ったのに政治圧力を受けたという次元の話ではない。」は笑える。結局、NHKのいいかげんさが自ら掘った落とし穴に落ちたってことだろう。
「まともな番組」だったか無かったか。これこそが今回の事件の本質を見るのに欠かせない要素だろう。いいかげんな番組を作って世間を騒がせた確信犯(正規用法)がNHKだってのが分かればそれはそれで良いだろう。とにかく「報道への政治の介入」とスローガンばかり叫んでみても、「報道に価する番組だったのか」が大切だと思う。なんでも、「介入されたぁ」って騒げば良いものでは無い。どこまで介入されたか、それに不当性があるのか。ここまで、掘り下げる報道が欲しいが現在までこの切り口に近いのは産経新聞のほうだろう。 また、「国会で審議する」なんて息巻いてる野党の政治家はやれやれな奴だ。国会が何をする所か考えれば「まともな番組を検閲紛いの行為で改変させた」と主張できる根拠を国民に示さなければ時間と党利党略の場で踊っているとしか国民には見えない。そんな行為は政治への信頼(が、あるとして)を失墜させる。 ここで大切なことは、伝聞情報から始まった朝日新聞の「嘘つかまされ」が、事実の認証を経ずに一人歩きすることだ。マスコミが一番誤ってはいけないことは、嘘を広めることだ。情報はそれ自身で一人歩きを始める。その意味では誤報が真実になってしまうことが一番懸念される。 多くのテレビ番組の評論家が何を述べるかで、その評論家が真実指向なのか、単にセンセーショナル指向で面白い噂話のほうが真実より価値があると思っているかの判別が付くだろう。 |
NHK番組改変>組織が抱える問題点が噴出
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