オホーツク...東藻琴村、網走市

コース概要
 9月と言えば北海道のサイクリングシーズンは終わりである。トレーニングは続くがサイクリングは難しい。何故なら、日の入りが急激に早くなる。17時には夕日になり18時には暗くなる。サイクリングでの夜間走行くらい楽しくないものは無い。ひたすらノルマを果たすために踏み続けては「労働」でしかない。
 何週か週末に結婚式とか、雨とかで8月は1回しか走っていないが、これで今年のシーズンも終わりだなと思っていた。例年、締めくくりはあまり遠出せずに、未走行の近場とか、トレーニングを兼ねての手稲山ヒルクライムで終えていた。
 ところが今年は9月に入って、いまひとつ走り切った感じが無い。十勝平野走破が「ふるさと銀河線走破」になり、最後の市町村候補の一つと考えていた北見市を訪問し、オホーツクに入った。だが、何かやり残しているような気がする。
 そうだ!オホーツクの海だ! ここまで来たら是非ともオホーツクの海を見ておきたい。日本海に始まり、豊浦で目にした太平洋。様似のエンルム岬から300度くらい広がる太平洋。残りは北東のオホーツク海だ。
 前回確認の美幌町の柏ヶ岡公園から30kmで網走市に出る。ここでオホーツク海と「ご対面」となる訳だ。がしかし、地図を見ると国道334号線を利用して、東藻琴に出て、道々102号線でオホーツク海に抜け、それから網走、女満別と戻るコースが考えられる。
 走行距離は80km程か。
 札幌から美幌までの距離を考えると、80kmは少し時間がかかり過ぎる。なんせ、片道だけで車で6時間以上かかるのだから。往復12時間+自転車は3〜4時間が限度だろう。しかも、日の短くなった9月なのだから。現地で女満別、網走ピストンコースか、東藻琴、網走、女満別サークルコースか決めることにして、とにかく出発となる。
輪行概要
 札幌出発を午前4時と考えていたのだが、この時間では外は真っ暗。やむなくインターネットでレーダーアメダスをチェックしたり、メールを読んだりで少し明るくなった5時に札幌を出る。
 走行中はヘッドライトが必要な程まだ暗い。札幌ジャンクションを利用して札幌市をバイパスし国道275号線をひたすら北上する。
 秋の交通安全の重点は速度取締とか。見慣れたオービス以外に各地で新築オービスを発見する。これって結構増やしているのかなぁ。ま、軽自動車なんで床まで踏んでもオービスに写る速度は出ないのだけれど。
 北見市に近づくともう10時を過ぎている。このまま北見市をつっきり美幌町まで進むと1時間以上かかるだろう。地図を見ながら訓根府から国道39号線を離れ、北見市をバイパスして目的の美幌町の柏ヶ岡公園に到着したのは11時。
80kmを5時間で走行して、16時に、ここに戻ってこれるとして、札幌に戻るのは22時頃かなぁ。やはり、オホーツク海は札幌からは遠い。
 天候も、雨は降らないだろうが、かなり雲が低い。途中の石北峠ではGPSの表示する高度900m以上は雲の中だった。

東藻琴(ひがしもこと)村
 今日の柏ヶ岡公園は近くの人がキャッチボールを楽しむ程度に人が少ない。この駐車スペースに車を駐めて、自転車を組み立てて出発。最初は岡からの坂を下る。ここに戻ってくる時は「押し」にしようと最初から決めてしまった。
 東藻琴に向かう国道334号線がなかなか見つからない。見つからないと言うより前回来た美幌町をポタリングしてしまった。おぉぉ! 美幌グランドホテル、おぉぉ! 「君の名は」の記念碑があるJR美幌駅、なんて楽しんでいるうちに時間は過ぎていく。結局、国道334号線は美幌町からは国道39号線を少し進んでから分岐しているのを確認。
やっと美幌町を後にする。メーターを見たら、5kmも美幌町ポタリングで走っていた。時間にして30分弱かなぁ。
 地図は2次元の世界、自転車でサイクリングするときに一番知りたい「坂」の情報を読みとるのが難しい。しかし、道が直線か曲がりくねっているかで、およその坂の状況は読み取れる。出発した時に感じたのは国道334号線は結構アップダウンがきついかなって事。道がクネクネしている。で、確かにアップダウンの連続でした(笑い)。
 自転車で走っていると「最大の敵」は向かい風って意見に皆賛成すると思う。で、2番目なのだけれど、僕は「繰り返すアップ・ダウン」を挙げたい。僕はあまりメインにしていないのだけど「峠越え」って結構フアンが居るみたい。でもね、繰り返されるアップダウンでは「峠越え」の達成感がイマイチになるらしい。結局、スパァーと登って、シャーと下る、それが楽しい峠になる。その意味では北海道最高の峠は登別側からのアプローチのオロフレ峠だろう。壮瞥側からでは苦しい(僕が選んだルート)。
 いくつかの峠を越えて東藻琴村にたどり着く。なんと、村の入り口でY字路があり、あまりにも堂々と立っているカントリーサインを思わず写真撮ってしまった。
 実は今日は強行軍と呼んでいいだろう。とにかく、オホーツクの海が目的なのだから。でもね、東藻琴村でたどる物は多い。
 まず、東藻琴高校。実は12年も前になるが、ここの校舎落成記念にみんなで当時のパソコン通信を経由してメッセージが欲しいって呼びかけに僕も賛同してメールを書いた。その新築校舎に初めて対面する。左横には温室がたくさんある。覗くと、シクラメンよりランの栽培に熱心のようだ。それもシンビでは無くて小蝶蘭やシンビ。温室の中は「霧務式給水」のようだ。ここが冬が近くなると「シクラメンの出荷最盛期」とテレビで定番の番組になる。それにしても温室が多い。
 今度はこちらの定番の役場訪問&記念撮影。それにしても複合施設なのだろうが、大きな役場庁舎。東藻琴村はノンキーランドの別名があるが、酪農中心の産業構造で、こんなに大きな施設を作れるのかなぁと役場の前でいつものように考え込んでしまう。
 ここから道々102号線をオホーツク海に向かう。国道334号線との交差点にレストランがあり「東藻琴名物、ダチョウラーメン」の看板が。うーん、食べてみたい。最近特にダチョウ関連の話しを良く聞くので試食しておこうかなと悩む。が、オホーツク海を見て弁当を食べる予定なので、レストランを通り過ぎ道々を海を目指す。
 ここからは若干の下り坂なのか快調に飛ばす。気のせいか、海の潮の香りがする。海までは10km以上あるのに。東藻琴から網走市に入り時々見える酪農家の家で犬が走り出して来ないか気にしながら進む。おっと、右手に大きな湖が見えてきた。藻琴湖らしい。湖の対岸には大きなホテル風のビルが見える。これが地図にあるオホーツクCCのホテルなんだろうか。でもね、半年以上ゴルフなんか出来ないはずなんだけど。
 そろそろ次回の車のデポ地点を探さなければと藻琴湖への駐車場を探すのだけれどそれは無い。やがてT字路で国道244号線に合流する。合流地点が藻琴(ただし、網走市、藻琴町)、JRの釧網本線の藻琴駅がある。
 このあたりが藻琴の中心街なのだろうか、さっきの東藻琴村に比べると2〜3倍の規模がある。合流地点の交差点を左折して、まてよ、次回の事考えてもう少し先にデポ地点があるかもしれないと思いUターン。藻琴の駅から北浜まで行く間にデポ地点があれば確認、無ければしょうがないので折り返すことにしようと考えながら国道244号線を東に走る。
 地図を見ると白鳥で有名な涛沸湖(とうふつこ、看板が読めなかったってツーレポが結構あるみたい(笑い))の西の端になる。きっと駐車スペースがあるだろう。4km程で北浜の街に入る。まず、JAの建物が目に入る。合併して今はJAオホーツクかな。ここの駐車場が土曜日なのでガラ空き。ここも考えられるな。さらに進むと涛沸湖(今度は読めますよね)に出る。北浜白鳥公園なんて施設がある。季節物やね。今ならガラガラだろう。えらく手間取って(だって車の切れ目が無い)道を渡って北浜白鳥公園の駐車場に、ぎゃ、網を干している。ここだな、次回使わせてもらおう。

網走(あばしり)市
 ここを拠点に、斜里町、清里町、小清水町を回って、オホーツク南端訪問は完結する。ま、来年かな。とりあえず北に針路を取って網走市に向かう。途中で海岸線でオホーツク海を見ながら弁当のイベントも残っている。
 この海岸は松竹の「幸せの黄色いハンカチ」のロケ地点だ、映画でもオホーツクの海岸線だなぁと思わせる黒い海が撮影されている。
鱒浦のあたりで休憩にする。自転車を止めて海岸に向かう道路脇で弁当を広げる。考えてみると、今見えているオホーツク海、そして右に紫色に霞んで見える知床半島。この情景は、学生時代に書いた小説(「Mint私小説」の「潮風のメロディ」の舞台だったんだ。特に第4章あたりの。
オホーツクの海を見るのは2年ぶりだ。一昨年、常呂少年自然の家のコンテンツの取材の時以来。でも、知床半島をこうやって右に見て、この風景が僕のオホーツク海なんだろうなぁ。弁当を食べながら精神が30年前に戻っていたらしい(その検証は、網走駅で起こる)。
 『あの知床半島の近くで武志はシンシアの話しをボートの上で聞くんだよなぁ』なんて考えながら弁当を食べる。海岸線では無免許のバイクが海岸線の砂地を走っている、おっと、転んだ、女性らしく倒れたバイクを立てることができないようだ。4WDが来て立て直す。そんな様子をぼんやい見ながらオホーツクの海の眺めを楽しむ。
 さて、網走に入ろう。途中、歩道が広いので国道の右の歩道を網走に向かう。前から来る夏の終わりのサイクリスト何人かすれ違う。どうも、雰囲気悪いなぁ、4組すれちがったのだけれど、「頑張ってね」って声に応えたのは高校生風の若い子と軽装の女性の2組、あとは、修業でもしてるのか、まったくの無視。ま、時間から考えると知床峠を越えるのか、根北峠を越えるのか、南に向かうサイクリストには、とても中途半端な時間だ。金があれば斜里あたりで一泊。無ければ、死にもの狂いで開陽台(かなり苦しい)って悩みのサイクリストだったのかなぁ。愛想無いぞ!
網走の街は「あいかわらず」だった。あいかわらずと言うのは、昔仕事で何回も訪れている。その時の定宿が「酒井ホテル」だったのだけれど、それは今「北海ホテル」なんかになっている。当時(って、20年くらい前か)から比べると街にビルが増えたが、とても東京農業大学を誘致した街とは思えないくらい変化が無い。市役所の建物も昔のまま。ここで約束の記念撮影。
 網走駅で休憩することにする。夏の若い旅人は居ないだろうけど、やはり、網走駅は北海道旅行のメッカだ。ここの駅前広場に旅好きが居るに違いない。さっきの「無愛想なサイクリスト」に少し傷ついた僕は、駅に向かう。
 笑えるのだけれど「自転車置き場」に自転車を駐めて駅に入る。お、駅と言えば立ち喰いソバ。それがある。考えてみると最近「市」は帯広と北見くらいかなぁ。どちらも、「エエカッコシィ」なので汗くさいサイクリストは入る気がしない。それに比べて網走駅の立ち喰いソバは。と、おもわず「月見ソバ」と注文してしまう。
 で、不味さ世界一(笑い)。タレ駄目、麺ダメ、でも、サイクリング中に暖かいものを食べたのは、去年の占冠(しめかっぷ)村でのラーメンだっただろうか。汗をかいた身には塩分補給のためにも汁は全部いただいた。
 駅の待合い室で煙草を吸っていると、入り口に近い所に上品な若い女性が座っているのが目につく。「上品な」と形容詞がつくのは、ジーンズの膝がピタリと付いているから。おおむね、普通の女性はスカートでもスラックスでも膝が5cm程開いている。これって、本当に頭悪いと思う。ちょっと脚を左右に傾ければ苦労なく膝を合わせられるのだけれど、これが出来る女性は一部の「上品な」女性に限られるようだ。
 で、煙草を吸いながら話しかけようかなとも思ったのだが、ここがサイクリストの宿命、汗くさい自分を考えて自制する。それ以前に、娘みたいな子に声かけることが出来なかったってのもあるが。
 駅前には、それなりの旅人がたむろしている。でも、この時間なので網走連泊組だろう。みようによっては「旅館の客引き」にも見えてしまう。昔の夏の網走駅と言えば、誰かかれか集まっていて、「こんにちは」の挨拶だけで仲間の輪に入り「今日は、釧路まで行こうと思っているんだけど、それでいいかなぁ」、「いや、弟子屈で一泊したら、安い宿あるよ。電話番号は...」って会話があった。当時は「鉄チャン」と呼ばれる「周遊券」組が多く、一部「チャリダー」の自転車組、まれにバイク組が居た。でも、今では昔の「カニ属」、鉄チャンだけがたむろしている。チャリダーもライダーも、この輪に加わらないようだ。
 「上品な」子に声をかけるチャンスも失ったので、次の目的地の女満別に向けて出発する。駅を出て呼人(よびと)の交差点までのあいだに「網走監獄」がある。ここも観光のメッカになってしまったが、学生運動はなやかな頃は、うちの大学でも数人が送り込まれていた。たしか、拘置所も併設されていたと思う。

女満別(めまんべつ)町
 右に網走湖を見ながら道路右の幅1m程の歩道を進む。この歩道はそれなりに便利なのだが、途中で車道に降りる場所が無い。歩行者が居たりするととても追い抜けないので車道に降りたいのだけれど。
 僕の自転車はARAYAのクロスバイクに700-30Cのスリックタイヤを履いているのだが、歩道から飛び降りるのは少し恐い。今のタイヤにしてから解ったのだけれど、空気圧に上限があって、これを越えてパンパンにすると、タイヤの肩の布部分が切れリムから外れそうになってタイヤが歪む。タイヤの空気圧は圧力計が付いたポンプで入れると良いのだけれど、これが無いので若干少な目に入れている。だから、ギャップなんかをマウンテンバイクのように飛び降りたり、飛び乗ったりにはすこしナーバスになる。
ロードレーサーなんかでサイクリングする人は予備のタイヤを持参しているけど、あれと同じようにタイヤのパンクには気を遣う。
 国体で使ったのかカヌーのコースの近くに駐車スペースがあるのを確認。ここは次回、北に向かう時に使わせてもらおう。このあたりから右側の網走湖が見えなくなり国道39号線は内陸を女満別町に向かう。逆にJRだとずっと網走湖そいを走り、景観が広がるのだが。
 女満別の街に入って役場に向かう道を左折するとこの先が女満別空港。僕の市町村栄枯盛衰の法則によると「華やかな街の隣は衰退」なんだけど、まさに、美幌町の拡大とともに女満別が衰退したようだ。僕の学生時代には美幌町と女満別町は少し美幌が大きいかなって商店街の雰囲気だった(30年前!)。女満別空港を中心に自衛隊の減少が有ったのだろうか、美幌駐屯地は有るが、女満別駐屯の自衛隊は無くなったのかな。
 女満別って読めない人が多いと思う。昔、アン・ルイスが美幌のコンサートで「イェーイイ。のってるかぁい」と会場を盛り上げて「ここは東京と同じ。東京からまっすぐ飛行機で、おんなまんべつまで来たんだぜぃ」で、会場一瞬静まり返るって話しを聞いたことがある。
 「女」、「満」、「別」あたりの漢字の語感が悪いよなぁ。全日本プロレスでボボ・ブラジルが九州興業したような、ま、東京から見たら違和感あるのかもしれない。
 役場はこじんまりとして、ほっと一安心、が、一安心して良いのかなぁ。ここ女満別って空港の衰退とともに衰退していくアラスカのアンカレッジみたいな雰囲気がある。
 道の先の女満別空港ではYS−11が離陸のためにエンジンを始動していた。この飛行機が札幌の丘珠空港に到着するのは1時間後か。こちらは、あと30分程自転車で走って美幌町。ここから6時間かけて札幌に帰る。そんなYS−11を見送って、西女満別から国道39号線に合流する。
 柏ヶ岡の公園への最後の坂は「押し」、ここで脚がツッテはたまらない。最近、脚力落ちているからなぁ。
2000.09.09 本日の走行 90km

Top Back