札樽サイクリングロード 小樽探訪

コース概要
 札樽は「さっそん」と読む。小樽市と札幌市の間に国道5号線があるがこれが札樽国道。途中に張碓峠越えがあるが運河で有名な小樽市は札幌から一番近い観光都市なのだ。
 2001年にこの国道5号線が全面2車線化されて2002年には歩道の整備もされて、札幌から小樽まで歩道がつながってる環境が整備された。冬の除雪対策なのか誰も歩かない(周囲に人が居ない)地域の国道にも広い歩道があるのだが、僕はこの歩道を「夏のサイクリングロード」として活用出来ないかと考えている。冬の雪対策が夏のサイクリングロードに繋がれば一石二鳥ではないか。それでなくても北海道を自転車で走ってみたいってニーズは高いのだ。そのための歩道整備には「税金の無駄遣い」で終わらないためにもサイクリングロード機能を整備して生きた遣い方を目指してもらいたい。
 札幌と小樽を結ぶ国道5号線が整備されて「札樽サイクリングロード」と呼ぶにふさわしいのかどうかの調査が今回のサイクリングの目的になる。
 考えてみるとママチャリでも歩道を走れば札幌から小樽まで行ける環境が揃ったってことは大きいと思う。自転車で何処か行こうかなと思っても近場のポタリングがせいぜいなのが、奥さんのもしくは子供の自転車を借りて隣の小樽市まで行ってみよう、そして小樽観光をしてみようって冒険がかなうのだ。
さらに「今日は何処に行ったの?」と家族に聞かれて「小樽で寿司を食べてきた」なんて答えることができるのだ。是非ともママチャリ札樽サイクリングロードの可能性を調べなくてはならない。

まずは札幌を脱出する
 我が家から300m程北に進むと国道5号線に合流する。地元では有名な「パチンコの甲子園」の十字路に出る。ここを左折して小樽市に向かって走り始める。歩道を確認するサイクリングなのだが人の往来が多いので車道の端を辿りながらすすむ。途中、札樽自動車道路の下を通るあたりに石屋製菓のチョコレート・ファクトリーが有る。ここにはコンサドーレ札幌が練習するサッカー場がある。おっと、ここにコンサドーレ博物館を作っている。またひとつ名所が増えることになる。ここには地下鉄東西線の南発寒駅から歩いて5分程度だ。
 サイクロメータを見ると高度が下がっている。自宅は海抜47mなので出かける前に補正したのだが今表示されてる海抜は10m。さらに高度が下がっている。一番低いのは手稲区星置あたりだ。ここから少しずつ登りが始まり更に下って、札幌市と小樽市の境界線の星置川に。ここを越えると小樽市に入ることになる。小樽市に入って最初に目に付くのが「御膳水宮」。これって子供のころに小樽の名勝として記憶させられたのだ。今は誰も語り継がない。写真の看板には以下のように書いてある。
御膳水宮の由来
明治14年8月、明治天皇の北海道行幸にあたり、小樽港に御召艦を迎え小樽手宮桟橋に御上陸し、手宮駅から御召列車で札幌に向かわれた途中「煤田開採係出張所」(現:小樽市見晴町285番地先)にて、御休憩された折り、当地の沢水を御飲料になりました。これを記念して、当地域を「御膳水地」として記念碑を建立し、今日に至っています。
 実はここ札幌小樽間は日本で3番目の鉄道開通の区間なのだ。「御召列車」って今の人には解らないだろうが昭和30年代まで当時の国鉄が天皇の旅行に際して特別な車両とダイヤを組んだのだ。当時は特別ダイヤは珍しくなく修学旅行列車なんてのが随時編成されていたのだが皇族専用車両を当時の国鉄は運用していたのだ。今なら政府専用機だろうか。とにかく時代だったのだ「御召列車」って言葉が人々の記憶から消えるのにさほど時間がかからないだろうなぁ。

小樽市街地直前でアクシデント
 最後に2車線化されたのがここ御膳水宮から銭函を経由して張碓トンネルに至る経路。だから逆に言えば最も新しい区間で歩道の切れ目の段差を越える必要もなく快適に歩道を走る。
ここで高度140m程。張碓トンネルを抜けて小樽市朝里に下る。長い坂を下ると最初の小樽市街地に到着したと言えるだろう。結局札幌からママチャリでも行ける小樽市に道路が整備されたのだ。
朝里を越えて桜町の丘を超えて平磯トンネルに向かう。このトンネルにも歩道が完備している。札幌から見て左側のトンネルの歩道を走っていて異常に気がつく。後ろのタイヤの空気圧が下がっているのだ。少しの段差でリム打ちになる。これが歩道を走る最大のリスクなのだ。僕の自転車はサイクリング用にスリックタイヤを履いているのだが走行抵抗は少ないがパンクに弱いのだ。
 車道を走る分には実は車道は車や雨による水飛沫で清掃されているのだが、歩道はほとんど清掃されていない。だからクギのような物を踏んでしまうリスクが高くなる。もっともママチャリのタイヤは厚いのでその心配は少ないと思うが。
 ここで迷ってしまう。朝里に戻れば1軒自転車店が有る。ここの横を走ったのにも関わらず営業しているかどうか見ていないのだ。方や、小樽に入れば自転車店は多い。土曜日でも営業している店も有るかもしれない。距離的には小樽の最初の自転車店よりも後戻りではあるが朝里のほうが近い。トンネルの中で自転車を押しながら考える。朝里に戻って店が休みならその先に自転車店は無い。小樽に進めば市街地に何店か有るからパンクの修理が可能だろう。そう判断して自転車を押してトンネルを抜ける。しっかし自転車で各地を走っているがパンクは初めてだ。明るいトンネルの外に出てタイヤを調べると1cmほどの細いワイヤーの切れ端が計ったようにトレッドの隙間からタイヤに刺さってる。これを抜いて自転車屋を探して国道を自転車を押して歩く。
 奥沢水源地に曲がる交差点前の自転車店が営業していた。実はこの自転車店は高校時代に通学のバイクの鍵を無くして交換してもらった事があるのだ。裏に回って作業中の夫婦に声を掛ける。「パンクの修理できます?」。
「すぐやってあげるよ」バイクの修理をしていたのだが、そのバイクを車庫から出して自転車を引き込んで修理してくれる。30分程で手際良くパンクの修理が終わり修理代は1000円。さすが札幌と比べて安いなぁ。札幌だとパンク修理とチューブ交換が同じ2000円なのだ。だからパンクしたらチューブごと変えてしまう。文句が有るなら自分でやれ、ってことで修理道具は自宅にあるのだが。
 話をすると365日年中無休とのこと。小樽近郊で自転車のトラブルに見舞われたらここサイクル後藤に連絡をとることをお勧めする。

小樽市街地ポタリング
 交差点を右に曲がり小樽運河に向かう。春の観光シーズンの週末である。運河付近は人で混雑している。最近は運河側だけで無く昔の色内(いろない)道路も観光化されている。歩いて小樽を見て回るなら運河から元日銀あたりだが、自転車ではもっと別な楽しみ方がある。
 小樽は港なのだ運河だけでは無い。埠頭と船を見るのが港の楽しみ方なのだ。外国船も多い。つい最近はニセ100ドル紙幣を使った北朝鮮船なんてのも見ることが出来る(笑い)。
運河港をクルーズする高級な船も有るのだが時間があれば小樽市祝津にある水族館に向かう船旅を体験すると良い。別に水族館に入らなくても防波堤を抜けて「外洋」を満喫することができる。その船がこれ。小樽運河を西に進み小樽駅前から港に向かう道との交差点を右に曲がると昔の小樽商船のビルがこの船着場だ。
 ここから港沿いに月見橋を越えると昔は小樽税関が有ったのだが今は別な所に移ったらしい。この月見橋は僕が小学生の頃に掛けかえれられた橋で当時の映画「戦争と人間」のロケ地でもあった。子供の頃の記憶だがロケ見物に行ったら撮影ライトが点灯すると街区のヒューズが飛んで全体が真っ暗になったりした。
 実は同じ小学生の頃にここにあった小樽税関の岸壁のコンブを取って遊んでいて海に落ちたことがある。当時は泳げなかったのだけれど運良く近くの人に助けられた。これって今でも僕のトラウマで「泳げない」って事を忌み嫌う。昔飛行機のキップが取れなくて東京から青函連絡船を利用して帰ってきたことがあったのだが船の甲板で『飛行機は無理だが、船は泳げない人は乗れないって規則作ってもいいよなぁ』なんて本気で考えた。
 この月見橋を越えると色内埠頭公園に出る。当日はグラウンドでの野球が終わったのかジンギスカンパーティを開いている集団が居た。ただ流れてくる煙のにおいがモヤシを焼匂いなのは不況のせいなのか(笑い)
ここに海上保安庁の船が繋留されている。白く塗られた巡視船は日本は海に囲まれた島国なのだって、いまさらなのだが忘れていた記憶を思い出す。特に札幌は海に面していないので文化土壌が内陸的で国際感覚が育たないのだと思う。いっそ石狩市と合併して石狩市を「札幌市港区」にしたらどうだろう。海こそが国際化の象徴なのだ、高知の坂本龍馬の銅像が海を見ているのが象徴的だろう。札幌を国際化したかったら石狩市と合併して「札幌市港区」を持つことなのだ。それが小樽市が何故観光のメッカになるかの理由なのだ。東京都民が横浜市に感じる外国船による国際化と同じ構図が札幌市と小樽市もしくは石狩市の間にあるのだ。
 この色内埠頭公園での小樽の景観はここにwide画像を置いてあるさて自転車で「坂の道小樽」を体験するコースはやっぱり有名な「船見坂」だろう。映画やドラマで沢山使われている小樽の風景だが、ここを自転車で登ることによって足で「坂の町小樽」を体験できるのだ。

船見坂を一気に登る
 港を一望できる場所が観光名所になるのは当然なのだが、小樽では坂を登って風景を実感しなくてはドラマで見た風景に出会えない。ましてこの船見坂を観光で訪れるのはかなり厳しい。一気に50Mを登るコースを高齢者に勧められないだろう。
 で、国道5号線に戻って船見坂を登る。自転車のギアを落として一気に坂を登る。短い坂なので割と楽に登れるのだが、これが後述の足の負担を招く。ここから見た風景を写真にしようと思って数人がたむろしていた。話を聞くと『ここか船見坂なんだって苦労してき来たねん』と関西弁。ここから見る小樽市がすべてではないのだが、運河観光に比べてここのビューポイントへの着目はオタクだけらしい。このオタクは小樽市職員の役人根性では理解できない部分だろう。数々のドラマで描かれた小樽の風景はここのポイントで写されたものなのだ。運河だけが小樽観光ではないのだ。
 この高度を維持しながら富岡町を札幌方面に戻り始める。実は小樽市役所の訪問写真を得ていないのだ。坂を下り稲穂小学校を過ぎて国道5号線に再度合流して元「本間家具店」の所から市役所に向かう。この市役所庁舎も何年同じなのだろう。僕の記憶では最初に見た市役所庁舎は今の庁舎なのだ。もう50年もの間同じ庁舎なのだろうか。

札樽(さっそん)国道のルーツ
 ま、いろいろ有ったが札幌市から小樽市までは歩道を利用してママチャリでサイクリング可能な場所なのだ。それを実走して確認できた。あと必要なのは「すこしの勇気」だろう。
 同じ道を札幌に向かって戻る。マイカル小樽を過ぎて途中の平磯トンネルはあえて海側の工事中の道を進む。せっかくの磯がどのように整備されるか見たかったのだが、まだ工事途中のようだ。
 朝里の登りを進むと小さな駐車公園があった。ここで先の小樽市役所前のローソンで買出しした昼食を食べながら休憩をする。ここに記念碑があることを発見する。
札樽国道の整備の歴史
安政4年(1857)小樽場請負人が自費で丘を越えて札幌に至る道を切り開いた。当時は鰊漁盛んな時代で小樽から積丹への海岸線には多くの鰊御殿が有った時代。
明治4年から5年にかけて北海道開拓使は銭函から海岸線を利用して札幌と小樽を結ぶ道路を整備、これが明治13年の日本で三番目の鉄道開通につながる。
明治38年に山を越えて銭函に至る通称「軍事道路」が整備された。大正9年に軍から地方に納入されたがツヅラ折りの通行に難しい道路だった。政府は昭和6年から8年にかけて道の正整備を行い、張碓トンネルを含む札樽国道全面開通がしょうわ9年に成し遂げられた。
昭和26年に北海道開発局が設置され、昭和30年にはジャリ道から舗装道路に変わった(僕の記憶ではジャリ区間は昭和33年頃まで有った)この碑は昭和9年の改修後、張碓トンネルの小樽側に建立されたが、道路の拡幅とともに、ここの公園に移された。
とのことである。道を切り開いた記念碑は絶対残してもらいたいと思う。道を作ることが開発の最初なのだってことを歴史に留めたい。
 張碓峠を越えるあたりで足が不調になった。船見坂を登る時に使った大腿部がつりそうになる。やはり無理がたたった。時々休みながらなんとか札幌に戻った。シーズン最初の走行としてはパンクも含めて少し辛いものもあったが、ママチャリでも行ける小樽市ってことで「札樽サイクリングロード」を活用してもらいたい。
2003.05.17 (C)Mint 本日の走行 70.0km 走行時間 5:30

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