駒ケ岳一周..森、砂原、鹿部

コース概要
 昨年中断した渡島(おしま)半島完全制覇が残っている。細かく計画を立ててみると、5回くらいで全市町村をまわることができそうだ。その第一歩として駒ケ岳周辺の市町村を回っておく必要がある。
本当は、その拠点である森町からスタートしたいのだが、実は八雲(やぐも)町までしか足を伸ばしていない。ここは八雲町−森町間のルートを確保しておくと良いのだけれど、これでは実行計画の1回を捨て石にしなければならない。
 地図の上で130km程になるのだが、八雲町を起点に駒ケ岳周辺の森町、砂原(さわら)町、鹿部(しかべ)町を周り、なおかつ、次回の函館市周辺市町村周りへの足場を確保するって方向で進めることにする。
いざ出発
 八雲町のJRの遊楽部(ユーラップ)川にかかるJRの橋の下に車を停めてここで自転車を組み立てて出発。ここは大成、熊石を周るときに使わせてもらっている。その後、日本海側は上の国町まで足を伸ばしているが太平洋側はまだこれより先に進んでいない。
北緯で言えば上の国町は函館市と同様で、いかに太平洋側が足を伸ばしていないか解る。大きな理由はこの国道5号線がサイクリングに不適な路側帯の狭い1級国道であること。得に長万部(おしゃまんべ)から森までの60kmが交通量に比べて道が狭く、命がけのルートとなる(もっとも、本州で自動車と共存しているサイクリストには気にならないかもしれないが、こちらはトラックが100kmで走る世界なので危険は高いと思う。絶対夜間走行は避けるのが良い)。

森(もり)町
 渋っていたこの路線だが、やはり渡島半島制覇には避けて通れず決死の挑戦となる。
天気は最高だが海面にモヤが出ているためか、八雲町から駒ケ岳が見えない。また、去年ここのページで「極悪の国道5号線」と書いたのが効果が有ったのか(たぶん、全然関係内と思うが)随所で国道拡張工事を行っている。このため対面交通の規制を行っており全体に車の走行速度が抑えられているのが楽だ。もっとも、道路を拡張して歩道を付けているようでこれは関心しない。北海道の場合は雪捨てスペースとして歩道があるようなもので実際に国道の歩道を歩く人は少ない。また、歩道の舗装は車道に比べて雑でとてもクロスバイクで時速30kmで走ることができる質ではない。ここは道のサイドに黄色線を引き「自転車および歩行者ゾーン」とするのが良いと思うが、お役所仕事なのか日本全国一律の融通の利かない縁石で持ち上げた歩道と、各家庭への取り付け道路のために段差ばっかりの誰が好んで使うのか解らない道路になっている。
ま、この区間をサイクリングで走り抜ける人間は年間100名にも満たないだろうから、それはそれでしかたが無いのかもしれなしが。
緩い登り下りを繰り返しながら落部(おとしべ)漁港を過ぎた頃に前方に駒ケ岳が見えて来る。いつも駒ケ岳をこの方面から見るときに感じるのだが、山の上半分が噴火で飛ばされる前には駒ケ岳って羊蹄山より高い2000m級の火山ではなかったかってこと。実は私案だが、内浦湾全体が古代の巨大な火山の噴火口後のカルラで現在の樽前山、昭和新山、駒ケ岳はこの古代の巨大火山の外林山だったのではないかと思う。すると、この古代の火山は標高3000m〜5000mで、富士山よりも高い日本一の規模であったろう。もっとも、その時代には「日本」なんて考え方も無かっただろうが。
長万部から八雲間は国道5号線は通称「大沼国道」(大沼は八雲から40km程先だが)そして八雲から森の間は通称「恵山内浦ライン」と呼ばれているらしい(地図にある)。しかし、看板は無い。国道に愛称を付けるのは反対しないが、これもお役所仕事、札幌でも「北一条線」と「北一条宮の沢線」が混乱を招いている。ニセコの道路にある標識に右小樽、左函館」ってのがあって、あそこから函館までは220kmもある。まったく、ITだなんだと高度交通システムを考える以前にわかりやすい道路表記を行って欲しいものだ。
とまぁ、単調な道を走って道の駅「You・遊・もり」に到着。今年はじめてなのでスタンプ帳にスタンプテーリングの版を押して一休み。裏のオニウシ公園(何故、オニウシと呼ぶのか捜したけれど不明)を見学しながら市街地に抜ける。ここの螺旋階段展望台はお勧めです。海を挟んで対岸に室蘭市が望める。たぶん天気が良いと白鳥大橋を見ることができるだろう。
漁業の町には少しでも小高い丘には海の様子を見る場所があるが、ここ森町は、このオニウシ公園がその場所なのだろう。
 それにしても、水飲み場が役にたたない。顔を洗って水を飲もうとしたら10年前の水(あくまで、たとえですよ)なのか、鉛臭くて飲めるものでない。昔、鵡川で水が無く、このような水を飲んで当たったので、このような水は決して口にしないようにしている。公園に水飲み場を作る時は途中の配管に水が滞留しないように工夫をしてもらいたい。
 森町訪問の記念写真を役場で撮ろうと捜すのだけれどなかなか役場が見つからない。今日は長丁場なのでここで時間をとられたくない。目印の防災パラボラアンテナが見つからないので国保病院とかNTTとかをうろうろしてしまう。結局、再度道の駅に戻ってしまったので、ここで教えてもらう。なんと、パラボラアンテナは地面に設置(と、僕には見えた)しているんだ。とりあえず記念撮影。ここから砂原(さわら)に向かう。

砂原(さはら)町
 国道278号線、通称「尾白内バイパス」を避けて、海岸添いの道々西へ進む。左に見える駒ケ岳が刻々とその山の形を変えていくのが見事だ。山の周りを一周するルートに羊蹄山一周があるが、何処から見ても同じ形態の羊蹄山では光の当たり具合を楽しむくらうで、この駒ケ岳のように劇的に容姿が変わることは無い。剣が峯が山体に隠れ始め、砂原岳が前面に出てくる風景にゆっくりと変わっていく。
 カカリマを過ぎて、そろそろ役場を捜さなくてはと思っていた時に宴会食堂の看板がある。ありがたいことに「役場前なんとか食堂、こちら」と矢印まで出ている。この看板に従って右折すると直ぐに国道278号線と合流して役場の前に。ここで1回目の補給と小休止。なにやら役場の前は去年出来た道の駅「つど〜る・プラザ・さわら」ではないか。
さきの森町での苦労が嘘のよう。役場と道の駅を何の苦労も無くゲット。道の駅のスタンプを押した後、靴を履き代えて施設の4階にある展望台へ登ってみる。感激の眺望。しかも、無料の双眼鏡が2基。これを利用して海側には昭和新山、うす山、室蘭の白鳥大橋、山がわには駒ケ岳が観察できる。4隅の柱には東西南北が表示されていて、砂原が駒ケ岳の北に開けた町であることが解る。実は駒ケ岳は現在も噴火を続ける活火山で、噴火した場合の風向きで被害は大きく違う。この防災の意味からも自分の住んでいる場所は駒ケ岳火口からどちらに位置し、現在の風向きはどうかを知ることは重要になる。
 森町から海岸線を走ってきたので、各家にFMラジオのアンテナのようなものがテレビと別途に付いているのを目にした。あれって、防災無線受信ハンテナではないだろうか。風光明美な駒ケ岳山麓も、火山の噴火とは切っても切れない要防災地区なわけだ。
 スタンプの加えて1個100円のマグネットシールが今年から各道の駅で売っているのだが、ここにはそれらしき売店が無い。運営は物産協会が行っているようで、海産物の在庫確認に忙しそうでなかなか聞けない。手が空いた時を見計らって一番若い子に聞いてみる。「道の駅の指定は今年の8月の予定なんです。それまでは運営の勉強中で、ご迷惑かけます。8月にはそのシールも用意できると思います」と大変申し訳なさそうな対応。
そっかぁ、後で調べるとたしかにスタンプ帳にはこれより小さい活字は無いってくらい小さく書いてあった。でも、それを読まない人にもあのように恐縮して挨拶してくれる姿勢が好感を呼ぶ。きっと、ここは成功するだろう。特に展望施設が周辺に無いので無料の双眼鏡ともども隠れた名所になるかもしれない。

鹿部(しかべ)町
 砂原町からは国道278号線を鹿部(しかべ)に向かう。地図を調べてみると、この地図はいいかげんで、森までが「大沼国道」、森から駒ケ岳の北を周る国道278号線が「恵山国道」。だとしたら「恵山内浦ライン」って何処なんだか。前に聞いた話だが地図を作るときには固有名詞については地元の役場への確認を行っているとのこと。国道の通称は市町村が決める訳もないし。とにかく疑問が残る。
今日初めてのサイクリストと擦れ違う。相手はママチャリに家財道具(と言ってもマットと軽テント)を積んでいる。日焼け具合からかなりのつわものと見た。「これから先は平だから頑張ってね」と声を掛けて擦れ違う。
 鹿部に近づくと「鹿部間けつ泉公園4月20日OPEN」の看板が目立つ。実は去年この北海道随一の間けつ泉を見ておこうと思っていたのだが、なにやら、公園化したらしい。と言うことは「有料化」と頭をよぎる。この種のもので金をとったがために廃れるのは自明のことで、なんでそのものは無料で廻りで付加価値を出さないのかと何時も思う。たくもぉ役所の仕事ってぇ、と思いながら、大沼へ抜ける道々43号線とのT字路を直進して公園に向かう。途中の役場で記念写真を撮って一休み。先程の先入観がちと違うかなと思い始める。なんとなく質素な役場の庁舎なのか道端に広がる漁業の町の証なのか。もう少し進むと鹿部漁港が目に入る。なんとも立派な漁港しかも漁港が有るだけでなく、漁船も多い。つまり、生きている設備になっている。
 鹿部間けつ公園は道路を挟んで駐車場があり駐車場整理に2名、施設の前には観光バスが駐車している。自転車を駐車場の隅に停めて公園の施設を見学する。入場料300円なり。まぁ、許せる範囲かな。家族4人で1200円、家族割引って制度が欲しいところだが。
入場券を買うときに「いらっしゃいませ。ありがとうございます」とオバサン(失礼)に挨拶されて、ま半分は元取ったかな。
中に入ってみると間けつ泉は10分おきとのこと。この10分が長い。でもそれなりの工夫がされている。「足湯」って呼ばれているオープンな小屋がある。ここで、靴と靴下を脱いで足を漬けながらじっくり間けつ泉を待つことができる。むむ、出来る。この企画はいける。単に間けつ泉を待ち見るのでは無く、「足湯体験」。これって、優れ物の企画。
 早速僕も靴を脱いで足湯をしようと思ったが、たまたま若い女性のグループ数人居たので遠慮しておく。ここはですね、まずお知り合いになって「足湯やってみない」となって、本当は足を漬けてみたかったけれど、恥ずかしくてできなかったのが即席の仲間ができて、それで、足を温泉に漬けながらお話し。ってのが、僕のパターンなので、事前準備の「ツカミ」が出来ないのでパスなのです。
 でもいいなぁ、周りの案内を読んでみると、鹿部の由来は鹿が温泉で湯冶(鹿にもあるのだろうか)していたのを目撃して、ここに温泉宿を開いたのが始まりとか。度重なる駒ケ岳の噴火で(なんせ、駒ケ岳の西に位置するので噴火の度の被害は大きい)を経験しながらも豊かな漁業資源を生かして生きてきた鹿部の歴史が展示してある。特に「足湯」については明治の時代から旅するものの休みの場として利用されてきた施設とのこと。
 たしかに今は函館から大沼を経由して森町に抜けるルートが一般的だが、明治の時代に安全に進む(もちろん、自動車に跳ねられるってことでなく、熊に襲われる)ためには海岸線道路は貴重で、少し遠回りだけれど、ここを経由して北に向かったのかもしれない。
その「足湯」を経験しながら間けつ泉を待つのも楽しい。やがて、間けつ泉の湯口が音をたてはじめ、高さ30m程に水が吹き上がる。ま、噴水と思えばそれだけなのだが、お湯の噴水で湯気が伴う。イエローストーンの間けつ泉はテレビで見たことがあるが、音を伴っていたが、ここは静に吹き上がる。もし冬ならすさまじい水蒸気を伴うのではと思う。それにしても、間けつ泉初体験、しかも利用できなかったが足湯付き、これで入場料300円は「安い」とかの表現は使わないが価値がある。
地元の老夫婦と意気統合してお話したのだけれど、この間けつ泉を管理しているいわゆる地主さんと交渉してこの公園を役場が作ったとのこと。これが観光に役立つのならそれで良いけれど、お金をとって見せるものなのか解らない。だって、前は見たければ見れたのだからと話してくれた。
地元の人にとって、「よく解らない」ってことだろうか。でも、周辺の鹿の湯とか吉の湯とかには、新たな観光資源としてアピールできる施設が増えたってことだろうか。
難しい問題をはらんでいるのかもしれないが、僕はこの施設は良いと思う。特に考えてもらいたいのは、地元町民無料制度(親戚が同行すれば無料)、ファミリー割引(500円)なんかかなぁ。隣の蘭センターが商売になるような工夫が必要と思う。(なんせ、カトレアがガンガン咲いているのですから)
 ここの「集いの館」にビデオ設備があったので、これを見させていただく。おっと、なんと星野哲郎作詞、歌、北島三郎の鹿部の歌があったとは。ビデオの基本は駒ケ岳の噴火にもかかわらずこの鹿部を復興した話で、やはり災害とは付き合っていかなければならない鹿部の現状を伝えている。
ここは300円の価値はあるなぁ。特に一緒に足湯に漬かる相手が居れば。
 ここの駐車場から今来た道を戻り、道々43号線を大沼に向かう。途中から道々を離れて大沼湖畔に出る道があるはず。ここから駒ケ岳の容姿はまた二つのピークを持ついつもの駒ケ岳に変わる。ただし、噴火口からの火山灰なのか、剣が峯と砂原岳の間は白い火山灰と思える痕が見えている。
海岸からおよそ100m登って進むと大沼のキャンプ場に向かうT字路にでる。実は砂原から給水をしていなかったので、水筒はほとんど空、顔も汗でごわごわしている。このような時に頼りになるのは学校。丁度T字路を越えた所に小学校がある。ここで2度目の補給と給水、小休止を取る。誘導路が細かいジャリなので思わず滑って転倒なんておまけが付く。ここを出発してT字路を大沼に向かう。おっと、途中からジャリ道になる。さっきいの事があるので、トウ・クリップを脱いてペダルに直接足をあてて進む。
 たいした距離も無くなつかしの大沼湖岸、去年の9月以来の大沼。
湖畔の道を西方向「大沼公園」に向かう。
最悪でも南方面への車のデポ地点を確保して次回に続けなければと思う。大沼公園のJRの駅で硬券の入場券を手にする。正確には入場券では無くて記念券なのだがこれを入手して道を小沼に進める。去年、「森少年自然の家」を取材した時に見付けたのだけれど、この道をJRに添って進むと食堂があってここのチャーシュー麺はボリュームがあっておいしい。鯉料理の店の直前で国道5号線から3km程の所にある。
この店を再確認して(去年はお世話になりました)国道に向かう。最後の登り坂と右手に見える小沼と駒ケ岳を見ながら、次回のベースキャンプを確保するためにここを左折して峠下トンネルを越えて函館に向かう。ここより右側に駐車場が有ったと思うのだけれど、これからの展開を考えて車のデポ地点を確保しておこうと思う。そのためトンネルを越えて函館方面に向かう。
ここのトンネルは函館に向かって左側のトンネルに歩行者および自転車用の歩道がある。幅は5m程か。トンネルとしてはかなり自転車に配慮した設計と言える。
ここから七飯(ななえ)町までは下り坂となる。これから八雲町まで戻らなければならないので、あまり坂を下りたくないのだが、途中で親子のサイクリストとすれちがう。子供は小学校の高学年だろうか。それに気をよくして結局、昆布博物館の前の無料駐車場(休憩所)を確認して今来た道を戻る。次回はここからのスタートとなる。ここから七飯町の役場までは数キロの距離、新しい走行計画が楽しみだ。
ひたすらトンネルを目指して坂を登る途中で新たなサイクリストと擦れ違う。むこうは完全装備でテントや寝袋、マット持参の本格派と見えた。JRの線路と自分の居る標高を比べながら坂を登る。もうすこし行けばトンネルと思っていたよりも早くさきほどのトンネルが現れる。ここを越えて国道5号線を北上する。なんせ、路側の狭い道なので幅30cmの路側帯を道の駅「YOU・遊・もり」に向かう。
 ここで、八雲町への距離と時間を考えると途中補給したほうが良いと思われる。自転車のサイクルメーターは既に100kmを越え、ここから八雲町までは32km程。途中で小休止を挟んで17時くらいに八雲到着はなるだろうか。先に補給したのは大沼公園に至る直前の小学校だったので、最後の補給にケーキを購入する。最後のドタンバの補給は甘いものに限る。瞬間エネルギーが必要な時は甘いものが重宝する。
 落部の港で最後の補給をしながら眺める駒ケ岳は霞に煙り遠くに感じた。そこから八雲に向かう間に駒ケ岳は霞の中に隠れて見えなくなってしまった。
駒ケ岳を巡るコースに八雲から森間のコースを加えたけれど、自転車で巡るコースとしては駒ケ岳の西、国道5号を離れたコースは新しい発見がある。特に温泉と火山の始まりである道南のコースとして函館から大沼に抜けるよりは寄り道になるいけれど、恵山を経由して駒ケ岳に至る国道278号線は価値があると思う(まだ、足を伸ばしていないが)。
また、「サイクリング不適の最悪の国道5号線」も改善しつつある。がやはり、ここは森町を朝出発し、長万部までは昼間に抜ける計画が必要と思われる。くれぐれもこの間は夜間走行は避けるべきだろう。
八雲町のJRの高架下の車に戻った時に感じたのは、国道5号線によって通過されなくなった砂原と鹿部の発見。そして、そこで会った人々の元気さに心暖まる思いがした。大沼近辺を「表、駒ケ岳」と呼ぶとすれば、これらの地域は「裏、駒ケ岳」としての魅力がある。特に駒ケ岳の噴火があれば大変な災害になる地域として共存を目指すエネルギーを感じる地域である。
1999.06.12 本日の走行 149km

Top Back
All Right Reserved By Mint