未走行を埋める...鷹栖、幌加内

コース概要
 9月に入って残暑が無いはずの北海道でも30度を越える日がある。今年の気候は例年に比べて暑過ぎる。秋に向けてのサイクリングで困るのは日が短くなってくること。6時を過ぎると薄暗く車道を走るのは危険になってくる。特に夕方はホームスピードと言うのか帰宅、帰社のためか車のスピードが早く危険が増す。16時には終了しているサイクリングの計画を立てる必要がある。
 地図を見ると最適なコース設定が出来なかったために残された箇所がある。旭川近郊の鷹栖町と空地支庁最北の幌加内町。旭川から鷹栖まではたいして距離も無いが、幌加内は峠越え必須である。同じ峠越え必須であれば周回コースでいくつかの峠を越えてみることにする。地図を見ると何本もの道があるので、迷わないように進む必要がありそうで、楽しみなコースである。
いざ出発
 車を止めるのに旭川くらい便利な町は無い。広い河川敷きの多くが公園になっていて駐車スペースになっている。何時も利用させてもらっているのは玉姫殿向かいの公園の駐車場。特に橋の下は直射日光を避けることができるので夏場の駐車には最高である。
 また、旭川の欠点は道が分かりづらい事。市街地を脱出するのに結構迷ってしまう。玉姫殿のある新橋から国道40号線に合流し、陸上自衛隊旭川駐屯地の手間で左折、800m程進んで右折、その後1000m程進んで左折、これでやっと旭川脱出となるのだが、特に幅が広い訳でなく、道路標識は該当する交差点の200mも前に出ていたり、直前に出ていたりで曲がる度に地図で確認を繰り返す。春光台公園のきつい坂を越えて、進むのだけれど鷹栖への左折のタイミングが解らない。道路標識はこの道が幌加内へ向かっていることは表示されてるが、鷹栖に向かう分岐点が見つからない。川を越える直前に右折で和寒町への看板があったので、これを信じて右折する。20kmも先の町よりも手前の鷹栖町を表示したほうが親切だと思うのだが。

鷹栖(たかす)町
 国内でも有数の住民健康管理の町と呼ばれる鷹栖町だがその市街地は新しく綺麗に整備されている。「オオカミの桃」の商品名のトマトジュースが特産品だが、これで当てただけとも思えない。役場の前で記念撮影をしてさらに進むと「プラザクロス10」なんてしゃれた建物がある。商工会やJAが係わっているようで、役場とこの2者が巧く行っているのがこのような町並みに結び付いているのかもしれない。
 意外と農家と商工会は仲が悪く最悪の場合に組長選挙で政治対立したりして町の発展を疎外している事が多い。原材料の生産、それに付加価値を付けた商品の開発と流通。このあたりの歯車が巧く噛み合うように役場が音頭を取れると良いのだけれど、組長が一方の代表だったりすると内部「抗争」ばかりで「構想」が出来ない例が多い。
 ここ鷹栖はそんなことが無く、両者の得意分野を行かすコーディネートが出来ているのではないかと思われた。
鷹栖の中心十字街が11線10号。ここから道は全て線と号で標識が建てられていて、どうやら「解る人限定」の様相を呈する。
勘を頼りに13線を目指す。ここの交差点で直進で幌加内、右折で和寒とある。僕の地図によると右折で道々99号「和寒鷹栖線」なのだが、その表記は無い。

維文峠
 簡単に幌加内を目指すならこの道を直進し、大成を越えて道々72号に合流すれば早いのだが、今回は維文峠と和寒峠を経由して幌加内に入り、道々72号を利用して江丹別峠を越えて旭川に戻る予定でいる。
 僕の持っている地図の欠点は3桁の道々は番号も名称も表記が無いこと。そのため、幹線道路を離れると非常に心細い。先の十字路を直進するとしばらくして道々251号「雨竜旭川線」と表示がある。雨竜町と言えば滝川市の北で旭川市から見ればかなり南になり、ここが雨竜旭川線なら方向違いになる。しかし、実は「雨竜」の名前は雨竜川に起因するもので、たぶん雨竜町では無いだろうと想像してこの道を進む。(若干の不安がある道路の名称ではある)。
小さな商店が1軒だけあるT字路に右折が和寒西和、直進が大成とある。たぶん、ここが維文への分かれ道だろう。ここを右折し道なりに進む。おっと、5叉路に出た。これは難問だ。地図の様子からは緩く左折のようだが、その道も標識は無く幅も大差が無い。
唯一「和寒元気水20km」の標識が、こっちへ進めば20km先まで道路はあるよと言っているので、従うことにする。
緩い登り下りを繰り返しながら道は進む。さっきから気になっていたのだが、離農した農家の跡地に大型犬数匹を飼う金網でできた犬小屋が残されている。どうもサイクリングで苦手なのは滅多に自転車が通らない地域の犬で、とにかく吠えて追い掛けてくる。交通量の多い道なら放し飼いも無いのだが飼っている人が大人しいと思っていても見たことが無い自転車に乗った人間には好奇心かどうか知らないが向かって来るのでこまる。
おっと、数10頭の犬小屋が道路に面している。あんのじょう気が付いた1匹が吠えると一斉に吠えてくる。全部繋がれている事を信じて駆け抜ける。もう、ここは通らないことにしよう。
北維文会館なんて小さな集会小屋の看板が見える頃峠の登りがはじまる。おっと、待ってよ、ダートじゃないの。道々だってから信用して進んで来たのに未舗装はないんじゃないの。
 8km程戻れば別なルートがあるのだけれど、さっきの犬小屋の前は通りたくないし、しかた無くダートを10km/h程のスピードで登り始める。車の交通は5分に1台程度、時々薮からキタキツネが顔を出して脅かす。勾配はきつい。眺望は開けない。なんか、楽しみにしていた峠越えとは少し雰囲気が違う。クロスバイクで幅28mmのタイヤではダートは走れない。トゥクリップを外して万が一の落車に備えながら慎重に登る。
 高度が上がるにつれて眺望も開けて来る。遠くに塩狩峠を挟んで右に比布(ぴっぷ)の平野が左に和寒の平野が望める。時々キタキツネが見えるのに加えて道をリスが横切っていく。シマリスのような綺麗な黄色の線は無いのでエゾリスだろう。自然に恵まれた楽しい場所だ。
 ここを自転車で登る人はまず居ないだろう。峠の頂上付近に到達すると工事中の現場になっている。和寒側から工事が進んでいるらしい。キタキツネが出るこの峠も車で通過する単なる線である道になってしまうのだろう。
峠を越えるとほどなく舗装道路で一気のダウンヒルを楽しむ。さきほど「和寒の元気水」に興味があったのだけれど直前でまたまた犬が吠えて目にはしたけれど寄ることができない。ボトルも空になってきたので本当は給水したいのだけれど、物知らぬ犬はサイクリストの天敵。

和寒(わっさむ)峠
 下りのダウンヒルが終わるあたりに道々48号「和寒幌加内線」との合流T字路がある。ここを左に曲がって早速登りが始まる。ここは上川郡と空知郡を分ける和寒峠への道。大きく北海道の山脈の体系から言うと北海道を南北に走る日高山脈系と日本海側の天塩山脈系の南端あたりにこの和寒峠がある。峠の頂上には和幌トンネルがありここを越えてダウンヒルを楽しんで幌加内へ到着する。ここの峠は一般的な峠といえる。登りを楽しみ下りを楽しむには和寒側からのアプローチが良いと思う。一気に登ってゆっくり下るが峠こえの理想ではないだろうか。

幌加内(ほろかない)町
 旭川に向かうときにラジオで聞いたのだけれど、今日の幌加内町は「99そば祭り」の真っ最中。市街地に入る前から「第n駐車場」なんかの案内看板が道横に出ている。結構人の集まるお祭りなんだ。市街地直前の公園で小休止。なんか水を補給するには水飲み場の水の匂いが悪い。結局ベンチでコンビニで買ったおにぎり2個を食べてボトルの水で給水する。いちおう、水飲場の水は500mlのペットボトルに納めバッグに入れておく。
 そば祭りは役場前を中心に行われているようだ。普段なら土日の誰も居ない役場での記念撮影なのだが、今回は会場の外に自転車を止めて祭りの会場で役場を記念撮影する。それにしても「そば祭り」の勢いはすごい。かけソバで1杯が500円なのがなんとも抵抗感があるので、食べはしなかったが、この祭りを支えているのが幌加内がソバの生産(たぶん、ソバ粉)日本一だかららしい。
 うーん、難しい問題だ。ソバの文化を取るか生産量をとるかと言えば、全国一の町としては文化活動を行って欲しいのだけれど作って食って終わりって感じがする
日本の徳川幕府を支えたものは何かと言うと、経済を形成した基本的食料が豊富だったことがあると思う。米が貨幣と同じ時代に、付加価値と言うか、どちらかと言えばリスクヘッジとして選ばれたのがソバでありサツマイモであった。
江戸時代は農民は蕎麦を麺として食することを禁じている藩もあった。麺にすると食が進むのであえて、蕎麦粉を麺に打つことを禁じたものだ。そのあたりの「蕎麦の博物館」なんか有ると秋の「そば祭り」だけでは無い通年の蕎麦の町が完成するのだけれど。
ここから北に向かうと道の駅の幌加内がある。距離的には片道12km程になる政和温泉の所だったと記憶している。今使っている地図は1997年版。たった2年なのだけれど道の駅とか最近の施設は掲載されてない。来年は買い換えしなくては。
 緩い登りを北上する。途中で信号で止まっていると「何処から来たの」と聞かれたので「札幌」と答える(本当は旭川からなのだけれど)。「若いなぁ。気が」と皮肉なのか感激したのか解らない返事をもらう。
 今回最初で最後のランドナーのサイクリストとすれ違う。この道を南下するルート取りは稚内から国道40号を南下して美深(びふか)で国道275号に曲がったのだろうか。あまり人の通らない道を選んでいるのかもしれない。なかなかの通と思う。「がんばってね!」手で挨拶を交わす。
 道の駅の水道で顔を洗い、奥の温泉の売店でポカリスエットの500mlを2本買う。どうも水には気を使うのだけれど、最近生水が口に合わない。自転車で旅する者を考慮して公園の水飲み場なんかも常時流れているようにして鉛の匂いがしないようにしてもらいたい。また、ガソリンスタンドのように国道ぞいに給水ポイントを整備してもらいたい。特に「道の駅」には自転車旅行者を優遇するような施設を望みたい。単に冷たい水が補給できるだけで良いのだから、下水道が無い田舎に疑似水洗トイレを作るついでに出来ると思う。それが出来て本当の「道の駅」ではないだろうか。
 さて、今来た道を戻る。左の川の向こうに鉄橋の跡が見えるのだけれど、それが何なのか説明の看板は無い。たぶん、幌加内って炭坑が有ったと記憶しているのだが、その時の鉄路の残りだろうか。もしかしたら、林業用の鉄路かもしれない。どうも幌加内って広報が下手で良く解らない。さきほどの道を北上した所に朱鞠内湖(しゅまりないこ)が有るのだけれど、ここは北欧のフィヨルドのような景観が広がる北海道らしくない湖が広がる。昭和18年に竣工した人造湖なのだが湖面の面積としては日本一の広さを誇る。沿岸は北海道電力の土地でダム自体は水力発電用なのだけれど、実はここ幌加内全体が文部省と言うか北海道大学の演習林が占めている。マイナス41.5度で日本最寒の地母子里(モシリ)には北大演習林の研修施設がある。そんなことが全然広報されてないんだから、もうもう牛です。(ひょっとして隠して置きたい戦略なのかもしれないが)
朱鞠内湖の素晴らしさは、見たものにしか解らない。知床なんかよりも僕は北海道らしいと思う。ただ、地元の人がひっそりと隠しておきたいようなので、ここだけの話あるよ(笑い)
 さっきのランドナーの彼に追い付くかなと思いながら市街地へ戻る。最近平坦な道だと30km/hで進めるのだけれど、自転車のギアが合っていない、キアを換えるか新しい自転車を購入するか思案のしどころである。
 堀江謙一さんが冒険の都度書いている本に有ったのだけれど、冒険中は次の冒険を考えるとか。今乗っている自転車は最初の19、800円のMTB風の後継機。C700のブロックタイヤをセンターリッジに換えたのが去年。先に書いたようにギアのネジを締めなおした。だけど、僕の足にはさらに広いレンジのギアを持った自転車が合うのかも知れない。ARAYAのフレームは気に入っているのだけれどね。
先の市街地を越えて旭川に向かう。残念ながら先のランドナーの彼には追いつかなかった。

江丹別峠(えたんべつとうげ)
 ここから最後の峠である「江丹別峠」へ向かう。それにしても幌加内の町は空いている土地は全て蕎麦が植えられている。手間がかからないのかとりあえず植えておくって感じでとにかく蕎麦が植えられている。ここまで植えるとさすがに日本一になるのかもしれない。南下すると緩い登りの先を左に曲がると旭川方面。予想とは違いここから旭川まで39kmもある。道々72号線の始まりになる。地図を見るとこちら幌加内側はウネウネと曲がっている。僕の勘では曲がっている峠道は急斜面でストレートなのが緩勾配なことが多い。時々押しを入れながら江丹別峠を目指す。それにしても急な登りだと思う。しかも道が荒い簡易舗装になっている。おおっと、ヘビが日なたボッコしてる。あわてて迂回。アスファルトは蛇にとって温熱の場所なので時々このような蛇を見掛ける。
 うーん、何時までも峠の頂きに届かない。今日も気温は30度を越えるのだろうか。ポカリの1本は飲んでしまった。2本目に手を付ける前に幌加内の公園で入れたボトルを引き出す。ええい、非常事態だ、一気に飲んでしまう。水分としての水と風土としての水の違いだろうか、さきほど鉛臭いなんて思っていたのだが、とりあえず飲んでしまう。
 峠の頂上は道路の幅員拡張の工事中。ここに休憩所があるのけれど、水の補給はできない。けっこうきつい峠の江丹別を越えた記念に小休止する。それにしても峠の頂上は高度感があり、遠くを見通すことができるのだけれど、ここは木が多くて眺望はひらけない。昔話にカエルが2匹峠で出会って、お互い背伸び(って、目は背中のほうにあるのだけれど)で、これから先の町を見たら自分の住んでいる町と同じなので峠を越えないでそれぞれの町の戻ったって話があるけれど、それと同じ昔懐かしい風情のある峠は自動車中心の現代の道にはほとんど無い。
 ここから旭川に入り一気のダウンヒルとなる。江丹別を過ぎるあたりから急な勾配は終わる。どうも蕎麦の栽培はここ江丹別にも広がっているようだ。ここも回りは蕎麦畠が広がる。農家の風景は水田と思っている人には蕎麦畑は違和感があるかもしれない。しかし、江戸時代から続いた米を換金作物とする日本の経済の横に蕎麦作付けがある。
案外、ここ江丹別が蕎麦文化の発祥地かもしれない。
道々72号線を進み、嵐山とのT字路にでる。どうしようかなぁ、ここから嵐山に向かったほうが近いかもしれない。真っすぐ進むと結局さっき走った道にでるのだから。
このT字路を嵐山に向かう。さっき、カラスが舞っているので気掛かりだったのだけれど、来ます来ますごみ収拾車が向かいから。あの生ごみの匂いを残して行くのは勘弁してよ。必要なことは解るけど、サイクリングする者には厳しい。結局、数台のごみ収拾車とすれちがいながら、進む。旭川ってゴミ問題を鷹栖へ押し付けているのではないかと考えてしまった。ゴミ問題が旭川で語られる時期は近いのだろう。
 道々98号線を旭川市内に進む。江神橋を越える前に旭川サイクリングロードが見えたのだけれど、今回はこのまま進んでみる。神居町を過ぎたあたりで、左国道12号の看板がある。ちょっと待ってよ。国道12号はもっと先のはず。地図を見ると新しく旭川市をバイパスする道があるのだが、これを国道12号線と呼んでいるらしい。しかも、昔の国道12号線もそのまま残り、結局国道12号線は旭川市には2本あるらしい。
行政改革だ、規制緩和だと言う前に、道路表記くらいはシステマチックにしろと思う。ランドナーに乗ったサイクリストが盛んに地図とあたりを見比べている。国道39号線を上川方面に向かうサイクリストが、この標識では稚内方面の国道40号線に抜けてしまう。
走り慣れた国道12号線(本物)を走り、旭友ストアーで左折すると玉姫殿へ出る。峠を3つ越えたたコースだったが、なかなか楽しめる。ただ、ちょっと道の表示が悪く迷いやすい。
1999.09.05 本日の走行 117.5km

Top Back
All Right Reserved By Mint