「原子力船むつ」報道に見るジャーナリズム

なにぶん古い話しなので
 「原子力船むつ」事件の概要を説明しておく。
 1974年9月1日の17時頃に事件は起こった。
青森県尻屋岬東方800kmの洋上で出力実験をしていた「原子力船むつ」が原子力の出力を2%まで上げた時に放射線増大の警報ブザーが鳴った。原因は原子炉からの放射線漏れだったのだが、これは遮蔽リングの設計ミスであった。この事件をマスコミは初期報道では「原子力船むつ、放射能漏れ」と報じた。そして、その印象が強いため「放射能漏れを引き起こした原子力船」のコピーが付いたまま、最後閉炉になるまで「原子力船むつ」は一回も原子炉で自力で走行することがなかった。と思っていたら、掲示板に投書があって、その後原子力による自力航行を行いデータを収集した後、原子炉を降ろし、気象観測船「みらい」になっていた。詳しくはむつ科学館へ。
 事故を起こした「原子力船むつ」船内で放射線漏れを防止するために飯を炊いて隙間を埋めたなんて情報も報道された。昔の話しなので記憶が定かではないか、当時学生だった僕も購読していた朝日新聞かテレビでこの「飯を炊いて隙間を埋めた」って報道には接していた記憶がある。誰も疑わなかったのか、そのまま報道されて内容の異常さに違和感を持ったものだった。
で、その真実がたまたま読んだ本で解ったのだ。
 「核燃料、探査から廃棄処理まで 朝日新聞科学部 著者 大熊由紀子氏」である。出版が1977年だから26年も前の科学技術に立脚している。その内容は現在の一般知識ではかなり不正確と思われる部分もある。また、当時誰も考えていなかった原子力発電所の高レベル、低レベルの廃棄物の処理についても楽観的な考察の面がある。
しかし逆に「原子力船むつ」については本が書かれた当時の2年前の事件なので正確に記されてると思われる。

「放射能」の用語の定義
 世間の定義と僕の定義が若干違うので説明しておく。僕は「放射能」を「放射線を発する物質」と考えている。一部には放射線も放射能と呼ぶ言語用法が有るようだが、それを別に否定しない。用語用法は日々変わっていくのだから。ただ、この話しのようにシビアな話しをするときに言葉の定義は双方の意志の疎通のために必須である。だから、ここでは「放射線を出す物質が放射能、放射線は主にα波、β波、γ波の3種類」と定義して使っている。
 掲示板で教えていただいたが、α線はヘリウム原子核線、β線は電子線、γ線は高エネルギー電磁波で、それぞれ性質が大きく異なる(Dickさん教えていただき、ありがとうございます)。
 東海村のJCOの事故の時にマスコミに頻繁に「中性子線」って用語が飛び交ったと思う。それは「線」で電磁波の一種みたいな用語だったが、これは「線」では無くて「弾」である。電磁波では無くて中性子核が飛んでくるのだ。その意味で放射能から出ているものを全て電磁波のように表現するα線、β線、γ線の記述方法は誤解を招く。
 ただ、僕は放射能は放射線を出す物資の名称として使っていることを認識いただきたい。放射線を浴びないための防御の方法はそれぞれα線とβ線とγ線では全然別物だ。プルトニュウムとかウランは物理的物質で防御方法は粒子の拡散を防ぐことで放射線より単純である。このような用語用法で僕は「放射能」と「放射線」を区別して使っている。

30年前は誰も解らなかった
 大熊由紀子氏の当時の取材は「解らない」に立脚した取材に思える。つまり、解らない原因は何かを追求している。文化系なのか、一生懸命分かりやすく書こうとしているのだが、それが逆に原子力発電の問題点を解りづらくしている。彼女自身が感じた原子力発電の記載は単なる皮相的な記事でしか無い。そこに関係者の人生が描かれて無い。だから、あまり出版数は多くなく、この本を目にした人は少ないと思う。
 で、話しはタイトルに戻る。
あの当時僕は大学生だったと思う。学生だったので、いちおう新聞とっていたし(最近の若者は新聞を読まない。「テレビで十分解る」って豪語する。で、日本の総理大臣の名前を書けないのだ。表意文字文化に生きているのだから、大人になるために新聞で活字くらい目にしろと言いたい)、テレビも壊れたのを拾って来て写るように修理して見ていた。その情報の中に「原子力船むつ」の話題があったと思う。報道のいいかげんさに「放射能漏れを米を炊いて隙間を塞いだ」てのがある。これは当時の朝日新聞(僕って30年も朝日新聞に金払ってるんだなぁ)が報道した。証拠が無いので解らないが当時のNHKテレビも同じように報道した記憶がある。もしかしたらワイドショウ(当時、僕はほとんど見ていない)だったかもしれないので確信は無いのだが。
 「米炊いて糊を作って隙間を埋めるなんて科学を知らな過ぎる」って評論が紙面かテレビで有ったように思う(なんせ30年前なので記憶が確かでは無い)

放射能は米(ノリ)で防げない
 実は「原子力船むつ」の放射能漏れは僕の表現では放射線漏れで、これが原子炉上部の遮蔽リングで起こったのだ。この部分の設計は三菱原子力工業が担当した。最初の設計では厚さ30cmのコンクリートだった。この設計をウエスチングハウス社に精査してもらった結果「60cmの鉄を含んだ重コンクリートにすべき」って示唆だった。これを三菱原子力工業ではガンマ線防止のためと勘違いし、ならば遮蔽リングは鋼鉄で作れば万全と設計変更したのだ。
 原子炉炉心からは前述の放射線が大量に出る。ガンマ線は鉛とか密度の高い物質で止める(吸収する)ことが出来る。α線はヘリュウム原子核なので密度の高い物質で減速した後に、水素やホウ素で捕らえることができる。
 で真実はα線を遮蔽するためにホウ素を入れて米を炊き、この米(飯)を遮蔽に盛ったってことらしい。「ホウ素」が伝えるべき情報で「飯」では無いのだが、当時のジャーナリズムは「売れる情報」ってことで「飯」を選んだのだ。そして「原子力船むつ、米粒で原子炉密閉」みたいな間違った情報に昇華していくのだ。
知らないで誤報する、知っていて意図的に情報操作する、どちらもジャーナリズムに有ってはならないのだ。「米粒で原子炉密閉」みたいな報道は結局訂正されることも無く、多くの国民が「原子力船むつ」の存続に「No」になり、後始末に膨大な税金が投入されるのだ。
 しかし、実は「原子力船むつ」は政治に始まり政治に終わる船だったのだ、僕から言わせれば「税金に群がるハイエナの象徴」なのが原子力船むつ事件なのだ。
「原子力船むつ」に見る政治、行政の無責任

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2003.04.26 Mint