オーバーラン、NHKドラマ「迷路の歩き方」
今回の事故とは直接関係ない
定時運行が強要されているとまで(当然の業務範疇にも関わらず)マスコミはJR西日本をつるし上げる。労働組合は自己責任も何もあったものでは無く、「会社から責められるのがいやで速度違反をしています」としゃぁしゃぁと記者会見する。
事故の情報に接したときに最初に思い出したのが中井貴一氏による山田太一氏作のNHKドラマ「迷路の歩き方」だった。山田太一氏の丁寧に人間を描く世界の中で実直だけが取り柄の運転士である中井貴一氏が鉄道に関わる誇りを演じている。
ドラマの内容と今回の尼崎の福地山線の列車事故はいっさい関係無い。そもそもドラマが放映されたのは2002年のことだったと記憶している。ハイビジョン劇場だったらしいが、僕は地上波で見た。撮影の舞台になった横浜市交通局のホームページにドラマに取り組む中井貴一氏のインタビューがある。
今回の尼崎、福知山線の列車事故について各方面の記者会見、およびその会見を受けてのマスコミの報道に接するにつれ、あの「迷路の歩き方」で描かれた矛盾する社会の中で人として誇りをもって生きていくことの難しさ。しかし、誇りを失っては生きる価値が無い。そんな単純なテーマが中井貴一氏の淡々とした演技から伝わってきた。
特に絶賛を浴びるドラマでは無かったと思うが、ドラマを見た時に心の隅に「中井貴一ってこんなドラマが最高に似合う奴だなぁ」って感覚が残った。
一見頑固に見えるが人に譲れない一線。それを自己のレーゾンデートル(存在事由)にまで高めた中井貴一演ずる鉄道運転士の生き方。それをウザイと思いながら現実逃避的な生活を続ける家族。そんな現代が忘れていた頑固オヤジがいい味を出しているドラマだった。
このドラマで描かれた真実を直視する勇気。譲れない自らの誇り。これらは何処へ行ってしまったのかと唖然とする今回の事故に対する関係各方面の対応である。
渡辺徹も良い味を出している
おおまかなドラマのストーリを書いておこう。映画と違いNHKのドラマはビデオ化やDVD化される例が少ないし、今の時期に再放送されることも無いだろう。
舞台は横浜交通局をロケ現場に、横浜市中心に撮影される。中井貴一氏は横浜交通局の電車の運転士であり、無事故無違反規定遵守が何にも負けず自らの誇りであった。
家族は悪妻(だよなぁ)役に原田美枝子、フリータ(今ならニート?)の息子の役を沢木哲が演じている。渡辺徹が中井の親友として、そして息子のアルバイト先の工務店の経営者として登場する。
息子がバイトで親友の渡辺徹の工務店に勤めるのだが、手抜き工事の現実を見せ付けられ父に相談する。この父に息子が相談するのは日ごろ厳格に育てる父への反発からフリーターになったにも関わらず、やはり父の生き方に共感する部分が息子にあったためだろう。ここで父親は「不正には目をつぶって働け」と言えない。母親は働くってことは汚れることだと妙に割り切っている。
息子から相談を受けた中井貴一は親友の渡辺徹を誘い出し、飲みながら手抜き工事を行わないように叱責する。価格の過当競争から手抜きで妥協しなければ仕事が取れない現実を渡辺徹は主張する。半分公務員の中井貴一の運転士として人を騙してまで仕事をする気は無いとの誇り、民間の零細企業の経営者である渡辺徹の誇りよりも仕事受注優先の考え方の相違で両者の会話は平行線をたどる。しかし、中井貴一には今までの仕事に対する自分の価値観が通じない世界もあるのを知る。
ぼんやりと考え事をしながら電車を運転し、駅に到着時に3m程オーバーランしてしまう。今までの運転士仕事のなかで2回目の失態(実は最初のオーバーランは何故息子がフリーターを続けるのかを考えながら運転して起こしている)に即座に交通局に辞表を提出する。
融通の効かない夫、その原因が息子のバイト先での仕事の手抜き指摘による親友渡辺徹との不仲を知った悪妻(原田美枝子)は両家族でのピクニックを行う。やっぱ顧客優先の工事に改めなければと考えを変える渡辺徹、現場の職人から仕事の面白さを教わった息子、運転指導員としての職場復帰をはたす中井貴一。
まさに題目のように「迷路の歩き方」なドラマなのだ。
定時運行は運転士の誇りだろう
とまぁドラマに浸っていてはしょうがないのだが(苦笑)。
JR西日本がオーバーランに厳格に取り組むのは電車を適確に停車できなければ事故を起こすってあたりまえの事を回避するためだ。車の運転免許を持っている人なら分かるが、免許試験の時に停止線の手前50cmに入らなければ1点の減点。停止線を越えたら試験中止だ。適確に停車するってことがいかに安全運転と結びついているかの証左だろう。
これに過密な定時運行が重なっているのはJR西日本の特殊事情だろう。私鉄と激烈な競争にさらされている大阪地域の特殊事情がある。しかし、定時運行も適確な停車も言い方を変えれば職人である運転士の誇りでもある。何らかの要因よって守られなかった時に一番傷つくのは運転士本人だろう。
この視点に立てば、反省文を書かせるとか便所掃除をさせるとか、実際にそのような行為がJR西日本で行われているとすればまったくアナクロな精神主義でしか無い。精紳を鍛えればオーバーランしないし、定時運行が守られるなんて幻想を抱いているとしたら乗客本位の経営姿勢すら無い。安全運行は願えば叶うとでも思っているのだろうか。
航空機の場合、シックスマンスチェックで6ヶ月毎に技量試験を受ける。不合格になれば再訓練を義務づけられる。しかし、本人納得の上での訓練でありペナルティでは無い。乗客の安全を預かるには訓練を通して繰り返し覚え込むしか無いのだから。
便所掃除が安全運行に資するものは無い。プレステの電車でGO!で遊んでいたほうがまだ、安全運転に資するだろう。
伝えられている情報が全て真実とは思わないが、少なくとも経営の柱である安全運行に資する指導が行われていたか疑問だ。時速60kmに満たない昔からの運転士訓練が見直されることもなく連綿と続けられ、結局、運転士の誇りを傷つけマイナス思考に追い込む。繰り返すが機械のオペレータを追い込む要因は一つでも少ないほうが良い。旧国鉄と私鉄の運転士養成、安全運転訓練を比較検討する必要があろう。
社員の誇りを傷つけても守らなければならない物は無い。それが先の「迷路の歩き方」で描かれている。
過当競争で経済優先、人間性を失った経営責任がJR西日本に無いのか。そこまで掘り下げ考察した報道には接していない。