耐震強度不足、日々刻々と変わる事実

安く作るために強度を落とす
 建築資材を少なくすれば建築原価が安くなるのは当然だろう。しかし、不必要に冗長度が高い建築資材は別にして必要な強度を保つための骨格になる鉄筋の量を減らしたり、利用するコンクリートの量を減らしたりすると強度不足が生じる。落ちた強度を万が一の地震の時にしかばれないってことで建て逃げを計ったのが今回の木村建設(本社熊本、実際の指示は東京支店長が出したらしい)の計画だろう。
 ま、東京のビルが地震で崩壊しても新築ならまだしも数年を経て後なら責任の所在は曖昧になる。まして建築関係の書類は保管期間が5年のものが多く、その頃には証拠となる資料は消えている。5年逃げればこっちのものって「ビジネスモデル」なんだろうか。
 この「ビジネスモデル」は幾つかの「関所」を越える必要がある。最大の「関所」は建築申請を通すことだろう。自ら設計して施工するのだから、着工してしまえば誰の目にもとまらない。だから、審査の甘い民間確認検査機関を探しておいてここを通過すれば良い。そこで選ばれたのが「イーホームズ」なのだろう。
 が、別に「関所越え」を頑張らなくても平塚市では自治体が姉歯建築士の耐震強度計算が誤っている(意図的かどうか別にして)のを発見できずに建築申請を通している事が発覚した。要は官であれ民であれ、この種の「関所越え」が氷山の一角なのか、まれな事象なのか、今後の調査結果を待たなくてはならないが、どうも業界では「性善説」による確認検査が主流で、今回のような事象は氷山の一角と見る人が多いようだ。

喜劇ですらある、当事者たちの無責任な発言
 姉歯建築士はもうもうこの人のキャラなんだとしか言いようが無い。
「私だけで背負える問題では無い」(業界ぐるみって意味だろう)
「イーホームズが普通にチェックしていれば書類は通らなかった」
やれやれな発言である。が、この言外を読むと。『依頼主から強要されたのだからしかたが無い。私が拒否したら他の設計事務所に持っていくと言われて仕事が無くなることを恐れた。ただ、第三者(民間確認検査機関)が駄目と言ったら依頼主も引き下がるだろうと思った』って気の弱い消極的反論を耐震強度計算結果捏造に込めたのだろう。
が、上記の言外読みも1回ならいざしらず、記憶しているだけで21棟も繰り返しているのだから実態は不正の当事者だろう。
「イーホームズ」は傑作で喜劇の様相すら呈してる。そもそも事件が発覚したのは10月20日のイーホームズの社内監査。姉歯建築士の偽造を発表し「問題を発見し、すみやかに公表できたことは、指定確認検査機関として適正に業務を運営できているから」とまで意気揚揚としていた。が、同じ姉歯建築士のマンションやホテル20棟がイーホームズの「関所越え」を果たしている事実を突きつけられると、「巧妙な偽造で見抜くのは困難」と開き直る。専門家から、こんな単純な偽造は発見できて当然ってパッシングをあびる。
 悲劇に近いのが熊本の木村建設社長木村盛好氏。東京の現場で起きている事態を把握せず「建築確認申請書に忠実に施工することだけを心掛けてきた」との発言。実は東京支店長が書いたシナリオが「建築確認申請書」なのだから、自作自演ってことだろう。しかも、手形が不渡りで会社を閉めざるを得ない。実は木村建設は姉歯建築士とタッグマッチで35棟の施工実績があるのだ。「事件は熊本で起きてるんじゃない。東京で起きてるんだ」
 自治体レベルでの喜劇もある。
愛知県のビジネスホテルの建築申請では愛知県が建築確認を担当した。施主である名鉄不動産が専門家に見てもらうと一部で強度不足を指摘された。この事実を受けて愛知県は「全部再計算するには人も金も時間も、設計事務所並みの態勢が必要になる」と発言してる。じゃぁ、建築申請に対する建築確認って何なのか。本質的議論をせねばならなくなる。

地震が来てから解る、耐震強度計算の真実
 実は強度計算と安全率は非常に難しい工学の課題であり、哲学ですらある。耐震強度計算がどこまでシビアに計算してるか詳細は解らないがたぶん建物の重量と応力を震度(振幅)をパラメータとして計算しているのだろう。
 一般的な強度計算では静的負荷から推測される動的負荷をどれくらいのマージンで設計するかがカギになる。現在はコンピュターを使ってギリギリまで計算できるのだろうが、僕が大学で習った頃は計算尺主体で橋梁の設計演習など最大風速での負荷を計算して求め、それに「安全率」を掛けて設計強度を出していた。その安全率が2とか3である。つまり、一生懸命小数点以下何桁まで計算して、構造に移すときにザックリと2倍、3倍にするのだ。2倍が良いのか3倍が良いのか誰にも解らない。だから「哲学ですらある安全率」と呼ばれたものだ。ある種、災害が来て見なければ解らないと言った古典的設計手法が30年ほど前まではまかり通っていたのだ。
 で、これだけコンピュータが普及して煩雑な計算が瞬時に出来るようになると、シビアな強度計算ができる。これを地震のように動的に展開するには材料・材質によるシミュレーションが繰り返される。実は建ってしまった段階では無くて設計段階なので様々に構造を変えて最適な解を求める。解を求めるというよりも耐震強度計算は可否の判定の計算になる。だから、可である資料しか出てこない。不可の資料を建築申請に添付してくるはずがない。
 建前として地震強度計算をやって可でしたって書類の役割なので「本当に可なのかぁ」って検査は行われない。それが実態で蓋を開けたら偽造だったんで「信じていたのに」なんて発言が検査側から出てしまう。ま、先の平塚市の例がその本音だろう。
となると、故意の偽造以外に過失の計算間違いも含まれてるってことではないか。とすると、結局地震が来てみないと解らないってことか。だとすると、建て逃げが可能な制度そのものが欠陥住宅、欠陥ビルよりも大きな欠陥だろう。

制度のフローが出来てても魂が不在
 テレビ各社の報道では「ビルの建築はこんな手順を踏むんですよね」なんて図を使って説明している。「ここでチェックが入ります」、「この段階でもチェックが入ります」なんて建前を一方的に説明し「今回、何故、チェックをすり抜けてしまったのか」なんて哲学的な顔をして説明する。
 原因は明らかだろう。誰かに何かを許可するって許認可の制度の多くが形骸化している。その中で建築の分野でも地方公務員の設計主事が検査する制度を1998年に改正して1999年から民間の指定業者(国土交通省認可の全国版17社、都道府県知事認可が100社程)に任せたが、制度の運用に魂が入らず実効を上げていない。
許認可の典型的な既得権益だけが先行して民営化された。先に書いたようにそれでも効果が出ているって現場の声があるが、一方では一律な検査であるべきなのに検査業者によってかなり自由裁量権が入り込む制度であったらしい。
 これらを踏まえてよい点は伸ばす、悪い点は改めるのが国土交通省の使命だろう。北側国土交通省大臣が「民と民なんて言ってられない。支援を」なんて言う前に、やること有るんだがなぁ。

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