忠臣蔵300周年だそうで

正月2日に「忠臣蔵」なのかなぁ
 てなことを想いながら随所随所(さすがに、全編見る程の時間は無かった)見ていた。多くの役者が大石蔵助を演じたが、その役者によって描かれる大石像が違うのが「忠臣蔵」のもうひとつの楽しみ方だろうか。僕は今回のテレビドラマも含めて東映の「赤穂城断絶」の萬錦之助の大石像が一番フィットする。
 ちなみに、「忠臣蔵」で最も印象深いのは石坂浩二で別な場面でそれぞれ浅野匠と吉良を演じている。こんな役者は珍しいのではないだろうか。「赤穂城断絶」では丹波哲朗演じる将軍家の家臣が「公儀を守るには赤穂の浪人は切腹させなくてはいけない」と丹波にしては珍しく長い台詞をとうとうと述べるシーンが有る。もっともこの「赤穂城断絶」の映画が好きなのは最初のシーンが討ち入りなのだ。妻と(あ、あの頃は妻候補だったかな?)と見に行ったのだが映画館に入ると討ち入りのシーン。『おいおい、1時間遅れたらしい』とハラハラした記憶がある。「あの説得力が凄い」ってのが会社で耳にした評判で、その「凄い説得力」に感心したものだ。
 正月2日に見る忠臣蔵はひと味違っていた。ドラマそのものよりも300年を経た現代に通じるもの、それは「赤穂の浪人はテロリスト」であったか無かったへの関心である。

情と理の交差する「忠臣蔵」
 当時の時代背景を考えると今の時代とさほど違わないような気がする。徳川400年の歴史は平坦なものでは無く、特に5代将軍綱吉の時代は「生類哀れみの令」とか時代が退廃に向かって腐っていたのだと思う。それは一人勝ちの徳川家が内部崩壊し始めた証なのだ。それは今の一人勝ちのアメリカに通じるし、一人勝ち(だった)自民党にも通じる。
平家物語の「おごれるものも久しからず」って言葉が思い起こされる。常に権力は腐敗するって歴史の必然も300年前から現代まで不変だ。歴史に「もし」は無いのは重々承知だが、僕はあえて「もし、赤穂事件が無かったら、江戸幕府の崩壊は早く、日本は外国の植民地になっていた可能性も有る」って歴史観を感じてしまう。
 「赤穂の浪人を切腹させる」って選択は理での解釈である。この「理」を貫いたから徳川は続いたのだ。もし「情」で城を与え家臣に抜擢したら、それは民衆の支持は得ただろうが時代を武士の時代から町民の時代に進め、武士のモラルハザードを招き、徳川幕府は崩壊していたのではないだろうか。
 民衆も実は「理」を支持していたのだ。だから、赤穂は語り継がれたのだ。日本人は演歌に代表される「情」が好きな人種のように言われるが実は「情と理のバランス」に敏感な人種なのではないかと思う。その意味で日本ではポピュリズムだけの政治家は崩壊するのだろう。今の小泉首相を見ていると、細川政権とカブッテ見える。日本での民主主義は120年の歴史しか無い。諸外国と同じ様な選挙制度による民主主義(これだって、生長中との認識が必要なのだが)が取り入れられて60年しか経って無い。マスコミが代弁してるつもりで「丸投げ小泉」とか「有言不実行」とか言ってるが、ここに小泉首相に「理」を求めているバランス感覚が見えかくれする。
 昔は(って、数十年前って意味だが)右か左かのバランス感覚だった。それはソ連崩壊とともに崩壊したのだ。そもそも「世界同時革命」を信じているのは共産党の一部だけだろう。「サヨク気取り」はとっくに右か左かのスケールを脱ぎ捨てているのだ。
 「忠臣蔵」が語り継がれる日本てのは、は日本人が持つ「理と情のバランス」って世界でどの民族も持たない日本独特の文化の象徴なのだ。

「大石蔵之助」に対する歴史観
 僕は大石蔵之助は一番嫌いなタイプの人間だと認識している。大石をリーダと呼ぶ事もはばかられる。大石はリーダでは無いのだ、単なる水先案内人なのだ。本当のリーダとは目標を明示し、その目標に向かって自ら率先して人を率いていく者に与えられる称号だ。
大石もそれをやったじゃないかって声が多いと思う。僕は一連の赤穂浪人を描いた映画、ドラマを見て一番感じるのは「大石が討ち入りを決断した時は何時なのか」って描き方だ。多くの赤穂物語でそれぞれ違う。今年のドラマは脚本が駄目なのか「大石、東下り」の前だと描かれてる。僕は違うと思う。「江戸に出て考えてみよう」って事しか無かったと思う。で、江戸に出てポピュリズム(民衆迎合)になってしまったのが大石蔵之助なのだろう。だから討ち入りを考えてしまう。
 ある意味で大石にとっては江戸に出ても「八方塞がり」状態だったのだが、大石に付いてきた家臣の多くは大石は言ってないのだが「仇討ち組」である。当時400名以上の赤穂城の家臣の多くは城主の暴挙によってリストラの憂き目に合ったのだ。でも復讐を目指したのは47名。この47名以外の人はどのような人生を歩んだのだろう。
結局、大石は1/10の面倒しか見られなかったのだ。僕に言わせるとその多くは「落ちこぼれ」である。故にドラマが有るのだが、大石は今で言うプロジェクト編成はしていない。どちらかと言うと落ちこぼれかきあつめである。最後に残った赤穂の浪人の一か八かのギャンブルが討ち入りだったのだろう。それで大石は責任を果たしたと僕は思う。大石は切腹する時に「天命を果たした」って充実感が有ったと思う。でも、それはリーダでは無いのだ、現代の言葉で言えば赤穂城って背景の中でそれをフロデュースしただけなのだ、大石も時代にに流される一人間なのだってのが僕が考える大石像なのだ。リーダでは無い、フロデューサなのだ。創造性が大石に無かったことは皆さん認めるよね。

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2003.01.04 Mint