名著かもしれない「カラシニコフ」

普段は新刊本はほとんど買わない
 アマゾンで書籍を頼む時に1500円以下では送料が別途必要になる。「最驚ガッツ伝説」だけだと1000円なので他に発売直後だった「カラシニコフ」を購入して送料を浮かすのが発端。まったくみみっちい話なのだが。
 「カラシニコフ」は朝日新聞の朝刊に連載されていて時々目を通していたが、今回連載記事に加筆して再編纂して出版された。AK-47の普及(蔓延)と少女兵、AK-47の構造、作者であるカラシニコフ氏の生い立ち、AK-47の紛争国への流入経路、銃国家が何故発生するか、そして最後に国造りはどうあるべきか。
 丁寧に書かれてる。常に言っている「戦争を防ぐには戦争を忌み嫌うので無く、戦争を研究しなければならない」がこの本を読むとよく解ると思う。
戦争の形態の変化と共に槍の代わりの狙撃銃からカラシニコフ(AK-47)のような突撃銃、自動小銃へのニーズの高まり。複雑な自動小銃を簡素化して故障を少なくして使い勝手を向上させることにより、子供でも扱える故に少年少女兵でも扱える武器として浸透する。通貨の代わりを果たすことにより100万本オーダーで発展途上国へ運ばれ兵士3万名の国に15万丁も在庫される事態に。
 一度広まった銃社会を銃の無い社会へ戻す努力の難しさ。そして、後半は国家とは何かに展開していく。

国造り(建国)とは何か
 アフリカ各地で国造りが滞っている。部族紛争と銃が治安を悪化させ、治安悪化が自分を守るために銃社会を加速する。この悪循環を断ち切る機能が政府に無い。「戦争の犬たち」で書かれていた傭兵によるクーデタによって簡単に政府が倒される。新しい政府は前の政府の利権を得るだけで国造りは行わない。
 そもそもアフリカの国々が独立して社会主義政権を樹立しても、大統領官邸周辺半径500mしか治安維持しない。その500mの中で外国からの利権を懐に入れている。逆にこの半径500mをカラシニコフ(AK-47)にて制圧すれば国を乗っ取ることができる。そんな国がまだ沢山あるのだ。
 そのような国家を「失敗国家」と位置付けて、何が失敗の原因か考察を加えている。警察官や兵士に給与の遅配は無いか。遅配すると銃を売って金に換える兵士が出て銃社会をさらに加速する。治安維持に金を使っているか。治安が悪ければ外国からの投資は望めず、産業基盤を整備できない。教育に金を使っているか。国造りは人づくりに繋がる。結局、遊牧の民から近代国家に変わる原動力は人材育成による高い教養と諸外国に学ぶ知識の吸収が根元になる。
 治安が悪く、教育がなされていない国家は銃のカラシニコフ(AK-47)に頼って生きていくしか無い。それは、往々にしてテロリストの温床になる国家になる。

アフリカODAに東奔西走した議員
 元森首相は鈴木宗男氏を上手に切ったようだ。総理大臣退陣直前に何故、鈴木宗男氏と森総理大臣がアフリカに外遊する必要があったのか。これは、北方四島なんか比べものにならないアフリカODA利権の確保だと思うが、一般のマスコミだけじゃなく週刊誌ですら問題視していない。
 前述の「失敗国家」にも日本のODA予算が流れている。政府開発援助(ODA)国別データブック(現在非掲載)を見て欲しい国別にどのようなODAがいくらなされたか公開されている。金額の単位が100万ドル(1億円程)なので金額を見るときは注意が必要だ。それにしても贈与のODA額は半端なものじゃない。紛争を抱えてる国に何百億もの金を出しても武器弾薬に化けるだけではないのか。
 先に書いたように教育と治安に使うべきで、日本企業が外国でインフラ作りする手伝いに国民の税金を使うべきでは無い。国造りに生かすために教育ODAをもっと充実させ、ODA自体は減額すべきだ。それが平和を促すことに繋がるのだから。
 インドに技術供与なんか必要なんだろうか。5年で300億円も。

アメリカは思い切った事をやる
 無償ODAはそうそうに廃止し、アメリカ人が行う援助にアメリカの税金を使う方式に改めてしまった。金を渡すのでは無く行動で支援する、それもアメリカ人が主体となって援助する。まさに、我が国が責任持って支援しますよってことだ。金だけ渡して感謝しろって考えとは全然違う。日本ではJAICAが行う青年海外協力隊のような活動を、ODAのメインに位置付ける。
 極端な事を言えばテンポラリーの青年海外協力隊では無くて、NPOや常勤職員で現地でODAを行ったらどうだろう。顔の見える支援こそが国造り支援として大切なのだから。
 世界の紛争を起こしたのがカラシニコフ(AK-47)では無い。そもそもカラシニコフ(AK-47)は第二次世界大戦のヨーロッパ戦線でドイツの侵攻に対向する突撃銃として設計開発されたもので60年も前に設計され今でも生産され続けてる。それはカラシニコフ(AK-47)を必要とする地域や人々が居るから。しかし、それは治安を自分たちのルールで作る(テロリストも含めて)が存在する限り続く。それを防ぐのが国家であり国民であり秩序ある地域の形成運動なのだ。
 アメリカのネオコンの発想は失敗国家の撲滅のようだが、実際には国家を形成しているのは国民であり、国民が教育と治安に国造りを賭けてみたいなら支援するのが先進国の使命だろう。
 「カラシニコフ」は戦争を知って平和を考える。そんな名著だ。是非ご一読を押すすめする。

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2004.07.26 Mint