おそるべし昭和一桁の田原総一郎

最近、田原総一郎さんの本を読んでいる
 一度機会があれば読んでおきたいと思っていた「マイコンウォーズ」が、ブックオフの100円コーナーに有ったので飛びついて買ってしまった。これを100円コーナーに並べる書店の店員の文化の低さに感謝しつつ。
 田原総一郎さんの本は「独創の狩人」(講談社文庫)あたりを読んでいたのだが、やはり著者と言うよりは「朝まで生テレビ」そして最近のサンデーモーニングなどで顔が広く知れ渡っているだろう。相手を挑発して本音を引き出すテクニックにいやらしさを感じる人も多いと思う。しかし僕には、その話法は参考になる。朝まで生テレビを何回か見た人には解ると思うが、田原さんは決して自己主張しない。自己主張しない替わりに相手の発言で納得出来ない部分は徹底的に突っ込む。それも「分かりやすくしてくれ、矛盾を含んだままじゃ終わらせないぞ」と言う姿勢で。これが昭和一桁の猜疑心なのだろうか。
ふと手にした「時代を読むノート」(講談社文庫)
 「テレビの現場からの衝撃メッセージ25章」なんて副題が付いているのだが、田原さんが岩波映画社から東京12チャンネルに入ってそれから執筆活動を経て現在テレビに出演している経緯は知っていたが、何故テレビ局を辞めたか、当時のテレビ局とはどんな世界だったのか、初めて目にすることができた。
 北海道では日曜日の夜23時30分から放送されていたと思うが学生時代時々新聞の番組欄で気になった時には見ていた。その中に田原さんがディレクターを務めた作品があったのかもしれない。東京12チャンネルは東京文化放送として放送局の免許を郵政省から受けていたので教育番組に該当する枠を守らなければならないからあんな番組を放送して免許の条件を保っているのだ。それが当時の番組に対する評価だった。がしかし、田原さんはここには触れていない。
 番組を2年も作らせてもらえないディレクターが何故首にならないのか。ここについては探求心おうせいの田原さんも触れていない。
 しかし、ここに書かれているテレビは後発の東京12チャンネルのなりふりかまわぬ番組編成が「いいかげんな奴の集まりであるテレビの面白さ」と書かれている。たしかに、TBSやNTVの完成された「テレビ会社」から見ると寄せ鍋ゴッタニが当時の12チャンネルだった。その世界の窓際族を2年も続けた田原さんの心境は記されていない。

普通、人間は1芸がせいいっぱい
 本を読んでいて感じたのは、書いている田原総一郎さん自身が今と何も替わっていないこと。でもね、時代は1970年代。今から30年も昔の話し。
田原総一郎さんはテレビディレクター、ルポルタージュ作家、硬派のアンカーマン(NHKが最初に使ったと思うけど、NHKのアンカーマンと称する人は結局、「レ」ポータ。新聞配達的情報の運びやでしかなかった)を演じてきたことになる。で、田原総一郎さん、今何歳?
計算では66歳となる。
 去年(1999年)僕がショックを受けたのが読売巨人軍(あそこは、平和憲法に背いて「軍(隊)」らしいんだが)の監督の長嶋茂雄氏がキャンプで自らバットを握ってノック(あ、旧大阪府知事のことでは無いです)した映像をテレビで見た事。
当時60歳の長嶋茂雄氏がノックするほど元気なのは、サンヨーのバーバーリーコートのおかげなのかセコムのセキュリティ・システムのおかげなのか解らないが、ショックを受けた。僕の常識(それが、世間の非常識なのは100も承知)では、60歳は長老とか天皇(この話は、何時か書こうと思っている)であって、グランドでノックする人とは思っていなかったから。
 現在の宮沢喜一大蔵大臣は80歳を越える。それでも、社会的(あ、この言葉まずいなぁ、他人への影響力と替えようか)に存在感が有る人も居るが、それを「まれ」と称したいのだが、実際社会は「まれ」で済まされないようだ。昔は「老害」なんて言ったが、結構教えをこうむる先輩が居るのに最近気がついた。恐るべし昭和一桁

老兵は死なず、ただ消え去るのみ
 と言ったのはマッカーサーだが、実際時代が変わっている。老兵は死ぬまで消えないのだろう。
田原さんに代表される、僕からみたら1回り以上の先輩から聞く全共闘の話は非常に理解しやすい。つまり60年安保と70年安保の決定的違いは60年代は若者の「生きる意味」の戦いを含んでいたが70年代はセクトの論理が前面に出てきたこと。僕は年齢的に70年代安保闘争のノンポリだが、60年代安保闘争には目から鱗が落ちる想いがする。つまり、あの頃匂っていたセクトの論理が60年代には無かったようだ。
 最近絶望的嫌悪感を持ったのは五木寛之。生きることを正面から捉え悩む気力を失ったご老人と思う。「さらばモスクワ愚連隊」を書いた人とは思えない。人は「何故生きるか」を死ぬまで追い続けるから人なのであって、「生かされている」なんて諦観したら消え去ってもらいたい。過去の五木を汚す現在の五木に怒りすら憶える。
 田原さんは「一人で生きる力」に固執している。
非常に偏見を持って語らせていただくと田原さんは奥様を癌で無くして娘2人の家族構成。そこに男として家族の中で孤立した孤独とともに「一人で生きる力」を再確認した経緯があるのではないかと思う。

高倉健のベスト映画
 僕は「幸せの黄色いハンカチ」と「海峡」をあげたい。高倉健さんの映画は沢山あるが、最近の「ぽっぽや」なんかは駄作もいいところで、歩の箱をはじめた頃の伴順のようなイヤラシサすら感じる。あれが風雪の網走刑務所を脱走した網走番外地のヤクザのなれのはてと思えば反面教師なのだが。
 幸せの黄色いハンカチは高倉健が唯一笑い顔を出した映画として評価したい。もちろん蟹にあたった武田鉄也が牧場でトイレを借りるシーンでの出来事だが。この映画のもうひとつのハイライトは混浴温泉での桃井かおりのセミヌードなのだが、これはビデオを一時停止しないと見えない(ちなみに、最近のテレビ版ではこの部分がカットされている)。
てなことはどうでもいいのだが、「海峡」は青函トンネル掘削の話だが実在の持田豊を題材にして苦難のトンネル工事を描いている。ここの1場面に、トンネルは掘れないのじゃないかと思う人々の意見を背に高倉健が「人の歩いた跡に道はできる」とトンネル開通に意欲を再認識するシーンがある。
 田原さんの「一人で生きる力」は、まさにこの高倉健と言うか持田豊の世界ではないだろうか。その思想が有った時代を背景に高倉健はヒーロなりえたのかもしれない。今の時代背景では軟弱な「ぽっぽや」もしかたないのかもしれない。
 結局、今60代以上の人は自らの年齢に平行した時代を持っている。しかしそれより下の人間は、まさに10年一日のようなノッペリとした時代経験しか持っていないのかもしれない。今、教育の場では「たくましく生きる力を育む」がスローガンだが、田原さんの言う「一人で生きる力」は60歳以上の人が早く世代伝達しなければならない。なんせ、残り時間は少ないのだから。

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2000.03.09 Mint