インタネ利用は実名で? 余計なお世話の総務省

健全なネット利用は実名で
 総務省の「情報フロンティア研究会」の最終報告書ではBlogやSNSサービスを小中学校の教育で積極的に活用するよう文部科学省に提言するとか。SNSサービスってのはソーシャル・ネットワーキング・サイト・サービスで原則本人登録を行ったものだけが参加可能な仕組みのサービス。昔のPC-VANのような会員制商用パソコン通信に過去帰りしたようなサービス。金(会費)が絡まないだけに本人確認は甘いのだけれど。
 実はネットには2面性があって個人を特定出来ない故に自由な意見交換が出来る反面、情報の真偽や発信者の情報発信責任を問うことが出来ない。だから嘘情報が飛び交うし自殺願望掲示板なんかがにぎわう。2chはその最右翼だろう。
 真実であっても実名なら掲載しないであろう情報も結構ある。ま、爆弾の作り方を掲載してるなんてのは、なんら法には触れないが犯罪を助長するって側面はいなめない。
 実名での利用、これを国が率先して教育の場で行うのはどうなんだろう。正直、言論統制の憲法違反に問われ兼ねない微妙な問題を含んでいる。そもそも匿名性がインタネの基本であり、実名は個人情報保護の局面からも強要(暗に強要)されるものでは無い。情報、特にプライバシーには可逆性が無く、一度流れてしまうと修復は不可能になる。
 ワンクリック詐欺のようにインタネは技術的に匿名性が基本にも係わらずあたかも本人を特定出来る風を装い小銭だが大量に金銭を集める犯罪が横行している原状を知れば、いかに実名での利用が危険であるか解りそうなものだ。

ネット犯罪は予防できない
 インターネットの構造そのものが善意の利用者を想定して学術研究ネットワークとして進化してきたので、基本的に犯罪での利用は想定されてない。と言うよりも、インターネットは社会インフラであり、インフラが犯罪に使われても、それはインフラに欠陥があるのでは無く、インフラってのはそうゆうものだって事だ。
 誘拐犯人が身代金要求に電話掛けてくるので電話を規制するとか、犯人が車で逃走するので車を規制するとか、なんか今回の「実名でネット利用を」ってのは視点のズレを感じる。
 インタネを利用した犯罪を防止するのはインタネを規制するってのは本末転倒で、そもそも犯罪抑止が国の施策ってのにも僕は疑問を持っている。安全な社会にこしたことは無いが、そのために個人の自由を規制するような過去の例では「過激派学生ローラー作戦」みたいのは行き過ぎだと思う。
 犯罪そのものを取り締まる(ま、抑止するを含むか微妙だが)ために、インタネを実名で使わせて捜査を楽にするってのなら、そのように正面切って言って国民に問えば良い。その部分は曖昧にして小中学校で実名的な利用を指導するのはいかがなものか。逆に、実名であるが故に発生する犯罪って所まで発想が行かないのが情けない。
 プライバシーは可逆性が無いと再度書いて置くが一度さらされたプライバシーは戻せない。「よほどの事が無い限り匿名で通せ」ってのが小中学生への正しい情報化社会対応教育ではないのか。

言論統制をインタネに持ち込むのか
 中国では逆検索エンジンみたいのがあって、政府にとって好ましくない情報はチェックされ削除される。自由な情報流通を目指して海外のサーバーを使っても国内の入り口でフィルターをかけてしまう。
 しかも逆情報操作を行ってるふしがあるのは、先般の反日デモの扇動が政府によって公認的に行われていたことからも推測できる。
 自由な情報流通が多様な価値観を生み相互理解を進め平和に貢献するのはテレビってメディアを使い始めた人類が共通して感じていることだろう。ラジオはハクルーハンがメディア論で言う「民族の太鼓」であり、逆に民族の団結と他民族への攻撃性を高めた。しかし、テレビ時代になって急速に相互理解が進み、ある意味、文化の垣根すら取り払われた。これが日本では昭和30年代のアメリカのホームドラマ洪水によるアメリカ社会への憧れと高度成長の相乗効果になったと僕は思っている。
 アポロ計画でのテレビ広報は全世界に及びアメリカの大国としての威信を高めた。方や同じ宇宙開発でも旧ソ連は情報開示が少なく、やがて1989年のベルリンの壁崩壊から国家分裂へと進んでいくのだ。
 なにも突拍子もない話を持ち出してるのでは無い。情報って新しいパソコン技術のように考えているが、実は人間そのものが社会性の動物であるが故に情報に依存しながら社会が運営されているって事実を再認識しなければいけない。
情報を統治的に管理しようとしての失敗は歴史の中に散見される。そして現中国政府はその瀬戸際にまで追いつめられている。
 国民の情報に接する権利を保障しなければ、最後は国の存続問題にまで発展するってのはつい20年ほど前にソ連が体験したにも係わらず中国は同じ道を進んでいる機がする。
 日本では個人が特定されるようなインタネ社会は歪んでいるのだって認識が薄い。実名であるメリットは有るだろう、しかし、開かれたインタネ社会で何処で誰が犯罪のネタ探しをしているとも限らない。実名になったらやりやすくなる犯罪はゴマンとあると思うが、何故、総務省は実名利用なんて打ち出すのか。

マスコミは一波乱起こしてはどうだ
 マスコミにもインタネは目の上のタンコブみたいな所があるから規制大歓迎ってことになるのだろうか。何かあるとスケープゴートを見付けて袋叩きにする。最近はこのパターンが崩れていて結構各新聞者の社説が読まれているらしい。これは首相の靖国神社参拝に限ったことだろうか。各社が社説で論を張るってのはなかなか望ましい言論のありかたなのだ。
 やはり、インタネの使い方を国が偏って教育するのは望ましくない。時代に逆行するような「インタネは怖いから使わないように」ってのも教育からはほど遠い。要は指導やガイドラインでは無くて、そのように流れていく場を作れば良いのだ。SNSをやりたければ官製でやってみたら良い。その場でマスコミも記者クラブを通さない自由な論議を行えば、インタネの発展の方向が見えてくると思う。
 mixiってSNSに参加しているが、ここも半分実名、半分匿名の状態である。唯一、個人に固定のニックネームが振られるので、様々な場所で暴れ回っても同一人物(正確には同一ID)はばれてしまう。かと言って裏技が無いわけでは無い。詳しくはmixiに加入すれば解ることで、あどれすだけ書いておく。
mixi推薦が必要なので、電子メールくれれば推薦しますよ。マスコミ関係者でも可(笑い)。一度、ゆるやかな匿名って体験しておくのも良いと思う。

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2005.06.27 Mint