イチローにあって、中田(英)に無かったもの

 スポーツ報知のベタな比較記事
 野球とサッカー、ルールも違うし対戦方法も違う、そんな両競技を比較してイチローと中田(英)を対比してもツマラン。が、組織論として雑誌プレジデントのような視点で考察してみると味わいがあるテーマではないだろうか。
 それをスポーツ報知が出来る訳が無いのだが。
 第三戦のブラジル戦が終了した時に中田(英)はセンターサークルの中で10分程仰向けになって泣いていた。川渕三郎チェアマンによるとその後、引き上げて通路の脇でも泣いていたらしい。米英合作で国際サッカー連盟(FIFA)公認の映画「GOAL!」の演出と思った人も多かったのではないだろうか。この映画に中田(英)は出演する。
 宮本恒靖キャプテンが2度のイエローカードで出場できない第三試合のブラジル戦。実質的キャプテンは中田(英)だろう。実際には中沢佑二が指名されてるのも変な話で、ジーコ監督の采配が妙に選手個々の心を逆なでするのはこういった配慮の無さに起因するのだ。
 一次予選通過がならなかったと言うよりも、一勝もできずに終わったことが中田(英)には悔しかったのだろう。それも、勝てる試合を逆転負け、引き分けと来て、最も強いと言われてるブラジルに実力の差を見せ付けられた。最後は屈辱のゴールキーパー替えまでされて完敗だった。
 実は野球のWBCでも韓国に2敗してメキシコの援護が無ければ結果は今回のW杯と同じだった。そのあたりは「運」の面があるが、与えられたチャンスを最大限に生かす組織運営が出来たのがWBCで組織としてのまとまりが最悪だったのがW杯のサムライ・ブルーじゃないだろうか。もっとも皮肉なことに、3年後の2009年のWBCには「サムライ」名称は野球の合い言葉として引き継がれるだが。
 勝つべくして勝ったのがWBCで、負けるべくして負けたのがW杯ではないかと思う。サッカーのベッケンバウアー選手が言っている「強いものが勝つのでは無く、勝ったものが強いのだ」。結果論がありがちなスポーツだが、組織論で今回のW杯を考えるのも「日本人的な」時事問題の楽しみ方ではないだろうか。

イチローと中田(英)に与えられた組織
 組織は人である。だから、人選から組織つくりは始まる。特にWBCについては辞退者が続出してメンバー選定には自由度が無かった。しかし、監督に王貞治氏を持ってきたのが最高の組織つくりだった。台湾出身で日本国籍、ホームランの世界記録を持っているのはアメリカの野球通の間にも知れ渡っている。その王貞治監督を「世界の王」として尊敬するイチロー。メジャーで活躍するイチローがあえて日本代表のユニフォームを着ることに誇りを持ったのは世界の王貞治監督と一緒に出場できる、アメリカに日本の野球のレベルの高さを示したい、そんな気概からだろう。
 加えて、アメリカでの差別問題がある。日本人がアメリカ人が作った年間安打記録を塗り替えるなんてとんでも無い、そのような雰囲気に耐えて記録を塗り替えたイチローには何処か日本の野球をアメリカに認めさせたいって意気込みがあったのだろう。
 一方のジーコ・ジャパンの人選はどうだろうか。2002年にトルシエ監督からジーコ監督に引き継いだ人選に当時の川渕チェアマンの独善的温情主義が無かっただろうか。当時、鹿島を退団して行き場のなかったジーコ監督を「神様」として川渕チェアマンが日本に引き止めたのだ。そして就任の条件として出された要求はジーコファミリーの入閣だった。実兄のエドゥーテクニカルディレクター(TD)、カンタレリGKコーチ、通訳の鈴木國弘氏は全部ジーコ監督のファミリーだ。山本昌邦・Jリーグ磐田前監督をパイプ役として入閣要請したが見事に断られてしまった。つまり、ジーコ監督のアドバイザ的な役割は川渕チェアマンしか居ない体制でスタートした。

4年間の集大成は4年前と同じメンバー
 ま、カズ、ゴン、秋田なんかは居ないが、この4年間でジーコ監督は半固定メンバーで戦ってきた。代表入りしたメンバーの中にはW杯3回目が多い。中田(英)、川口、宮本なんかがその最右翼だ。若手が育ってないのはジーコ監督だけの責任では無いが、4年間で若手を使ってみるって采配は少なかった、若手にとってベンチ入りだけでは世界と戦うには何が必要か肌で感じることは出来ないだろう。
 WBCでは選手選考は王貞治監督の意見も入れて、各球団のアンバランスが出ないように配慮していたので、ある意味「あてがえぶち」でスタートすることになる。
 ジーコ監督は「自由」を尊重して先のトルシエ監督と180度違った指導方針らしい。前回のW杯出場経験のある選手はまだしも、新人に向かって教えてくれるって雰囲気では無かった。ここに出場経験者と未出場の選手の間に意識のギャップがあっただろう。それを埋めるのがキャプテンの宮本の役割なのだが、寡黙なディフェンダーはその役が果たせなかった。他に川口、中田(英)らがその役割を担うかと言えば、外に向かって「完成度が低い」、「各自の役割が解って無い」なとど放言してチームの中で指摘すべき事をチームの外に持ち出していた。
 イチローは放映されたので見た人も居ると思うが松坂をつかまえて「お前、野球なめてるだろう。才能だけで野球やってるのは見てて解る。才能と努力が無ければ野球をなめてるとしか見えない」と説教していた。また、「我々で歴史を作ろう」、「世界の王さんに恥をかかせるわけにいかない」とチームの中に向けて発言を繰り返す。対外的には「日本が同じチームに3度負けるのは許されない」、「日本の野球に10年は追いつかないなと思わせる試合をしたい」とあえて自分にプレッシャーをかけに行く。
 年齢の差ってのはあると思うが、イチローにあって中田(英)に無いものはチームのまとめ方のノウハウだろう。孤高のイチローが野球は一人では出来ないと一番知ってる。かたや中田(英)は俺の仕事はやっている、あとは周りがレベルアップすれば勝てるって考え方だ。

指揮官の資質
 これは中田(英)やイチロー以前のことだが、監督の役割も大きく違った。王貞治監督は試合のコンダクターであれば良かった。ある意味、プロ野球の選手なんだから何をすれば良いかは各自解っている。サッカーのように相手のフィジカルを直接受けることは無い。相手より点を取れば勝てるって単純さが野球にはある。
 一方、サッカーはどうしたら相手より点数を多く取れるのかが非常に複雑だ。W杯が始まってからも3バックなのか4バックなのか選手個々の判断がバラバラだった。ジーコ監督も「相手に合わせて柔軟に対応しろ」としか言わない。
 ある意味、王貞治監督のほうは「自由」で良いのだろう。昨日今日の新人選手が居る訳ではない。確実に点数を取る方針は全試合を通してゆるがなかった。ジーコ監督はW杯出場経験も踏まえて年俸1億8000万円で日本代表の監督としては最高額(ちなみに、前々回の岡田監督(代行)は5000万円)を貰って、選手を育てるのが仕事だろう。試合の采配だけでは高額な年俸に相応しくない。日本が何をジーコ監督に望んでいるのか、それを言えるのは川渕チェアマンだけってのも組織としておかしな話だ。
 そのトップをいただいてイチローは王貞治監督を神格化し「世界の王さんに恥をかかせてはいけない」と選手を鼓舞する。中田(英)は我関せずだ。もっとも、ジーコ監督も組織作りが下手だと思うのは、中田(英)にはキャプテンよりもフォジカル面の指導者として位置づけ役割を明示し、宮本には全体を見るキャプテンとしての役割を与えて、常にミーティングを繰り返し情報交換を行うって姿勢が無い。そもそも、あそこまで日本語話せないものかなぁ。
 イチローは自らの役割を自ら作って演じた。王貞治監督公認だったろう。中田(英)は一人のMFとしてしかジーコジャパンに参加してなかった。お前にはこんな役割があると誰も言わなかったしアイデアも出なかった。
 実は貴重な映像がYou TUBEにある。2002年のトルシエジャパンの宴会(現在は不掲載)。ここで、中田(英)はW杯後離れていく秋田、ゴン中山の後を担える素養があることが解る。にもかかわらす、その役割を演じなかったのは、彼自身の問題なのか、それとも彼を取り巻く環境なのか。
「名選手、名監督ならず」はまさに名選手が自分中心の組織をつくり、名監督は組織個々人に役割分担を任せる姿勢の違いからくる。イチローは任された責任に応えようと努力した。中田(英)は任されなかった。それは組織を任された監督の力量の差だったかもしれない。ただ、もしジーコ監督のようなWBC監督ならイチローは苦言を呈したと思う。中田(英)のように「俺は俺の仕事はしている」とはならないだろう。それは、アメリカに日本の野球を認めさせるって大儀があるからだ。中田(英)には心に秘めた大儀が無かった。
 イチローにあって中田(英)に無かったもの、それは「大儀」だと思う。
それに加えて試合後にセンターサークルで仰向けになって泣いている中田(英)に声を掛けたのは宮本選手ただ一人ってのも、中田(英)に無かったものを感じさせる。

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2006.06.26 Mint