長野の聖火リレーの報道自粛の「へたれ」マスコミ

当日の中継
 テレビ各社はお茶を濁す程度の報道しかしなかった。まったく触れないマスコミが多い中で辛坊治郎氏がMCする#ズームイン!!SUPERが現場からの生中継を行っていた。他のテーマの隙間あたりの扱いで、正直言って積極的な報道とは言い難い状況だった。
前にも書いたがマスメディアはスポンサーの中国マーケットへの販売を意識して中国を刺激しないように(ひいては、自社放送へのスポンサー離れをまぬかないように)北京オリンピックに関する負の報道は意図的に自粛している。
 人権を声高に叫ぶ使命を担っているにも関わらず現在の日本のマスコミは中国批判を営業的にタブー視して情報の伝達を中国と同じようにコントロールしている。
以下のyou-tubeの情報で日本のマスメディアがいかに「へたれ」だったか現地の情報を収集できる。
最初は警察の取り締まりの理不尽さ。結局、中国を擁護する集団は穏健派で攻撃する側は「危険分子」と判断しての警備方針があるのだろう。そもそも、主催者である中国に偏った警備方針は是なのか非なのか。
中国人の暴走を容認する長野県警
しかも、長野駅前では中国人による「占拠」が行われていたにも関わらず長野県警は容認してる。完全に違法行為にも関わらず中国側に立った警備にあきれかえってしまう。
http://jp.youtube.com/watch?v=BjTo1fBcnek当日のNHKのニュース(現在は不掲載)
NHKは多少の混乱があったが無事終了ってスタンスだが、実際に現地で取られた映像を見ると「臨戦態勢」であったことが解る。長野市は一時中国国旗に占領されたのだ。
そもそも、オリンピックは開催都市の問題であって開催国家の問題では無い。でも、北京オリンピックに中国政府はツッコミ過ぎなのだ。本来、北京の市長が前面に出る場面なのだが、国家主席の胡錦涛氏が出てくるの筋違いだろう。

意思表示は自由なのが常識
 中国人に占領された感のある長野市だが、警察の警備も多勢に無勢で数の少ないチベット支援者を隔離する方針であった。そのため、中国側に有利に働くのはいなめないが、実際に現場の状況を見るとまさに中国人の長野市占領を認めた状況だ。
 県警は最高の警備が出来たと語っているが、数に圧倒されて正義を行使出来なかったことが「最高の警備」だろうか。「へたれ」なマスコミ報道でも現場の聖火ランナーを囲んだ警察官の緊張状態が伝わってくる。福原愛cyanの聖火リレーでは随伴する警察官の目配りは最高の緊張状態だった。これは第六感とでも呼んだら良いのか状況が危険な場面に近づいているって感覚なんだろう。サッカーの中田英寿なみの素早い目配りで、見ていた側にも「何か不穏な感じがあるんだな」と感じることが出来た。
 今回の警備を危機管理の観点から見てみると、平穏無事に終わらす面子にこだわって、真の民主主義つまりデモクラシーの実現にはほど遠い警備が行われた。本来、意思表示は公平に誰にでも認められるべきで、一方の数が多いからと迎合しては民主主義の死を意味する。平穏に終わらせるために多数勢力を優遇しては民主主義は成り立たないって事実を長野県警は今一度考えるべきだろう。
 その事を全く報道しないマスメディアがいかに視聴率以外何も考えてない証左が今回の土曜日の長野聖火リレーの報道に現れている。中国はどんな政治制度の国なのか、故に国民が国益の名のもとに虐げられているか、しかも、チベットは中国領だと主張する正当性は国際世論を敵に回してる自覚も無い現状。中国が国際社会に登場するには越えなければならないハードルが有ることを自覚すべきだろう。

中国の占領を長野市民はどう思って居るのか
 最悪の状況はここだ。中国人民解放軍気取りの長野駅前占拠中国人グループ
 この沢山のyou-tubeの映像を見て、実は私は喜んでいたりする。それは70年代安保闘争の感覚が蘇ってくるから。当時、遅れて学生運動参加可能世代(なんせ、予備校生ではさすがにデモに参加出来ない)だったので、この30年間、デモで意思表示って行動が日本から消えていたのを憂いていた。デモは極左のルーチンワークみたいなレベルまで存在価値を失い、意思表示は2chだけの「だらけ」現象かと思っていたが、いやいや、結構、若者は熱い(らしい)映像を見て喜ばしいと思う。
 若者は常に社会の矛盾と対峙していかねばならない。その矛盾を社会に訴えなければならない。対案が無いのなら黙っていろって風潮は何時から日本に蔓延したのだろうか。対案なんかいらないのだ。現状の矛盾を社会に訴えることで議論する場の形成を行えばそれで使命は達成される。
 若者が未来志向で「おかしい」と感じる事柄を社会は受け止めなくてはならない。その意味で今回の長野市騒動は若者のエネルギーを久々に感じた。
 フリー・チベットと叫ぶことで何かが変わるとは思えないが、叫んでいる本人自身が変わっていく。それは、社会の矛盾に敏感になる感性であり、行動しなくては何も変わらないって体験の積み重ねだ。
 その意味で現在のマスメディアが「へたれ」なのにくさびを打ち込む行動に若者が積極的になったのは、日本の国も捨てたものじゃないなと思う。
 一番の「へたれ」はマスメディアであったことを証明したのが、今回の長野市の聖火リレーを通じて解るのは皮肉なものだ。スポンサーが中国市場を大切にしてるので「わしら、中国の悪口言えまへん」ってマスメディアの態度は事実を覆い隠す。「大本営発表」を伝えるメディアに成り下がる。そして国民をミスリードする。
フリー・チベット!
 イスラム教とキリスト教の戦いに仏教も参戦するのか? これが、中国のチベット問題の根底にある。1国二制度の中国において、自治区もアメリカの州政府的な実験をチベットで始めたらええんや。それが、大局的に中国の国際社会の一員たる度量を形成するのだから。今の共産党一党独裁では、やがて破局を迎えるのは歴史の必然だろう。
人の国に来て自国の国旗を振り回すようでは、まだまだ、国際社会の一員とは認められない。オリンピック旗を掲揚するのが筋だろう。オリンピックは世界の祭典なのだ、中国一国のために行われるのでは無い。まして、開催都市は北京であって、中国の国事では無いことすら長野に集った中国人関係者は気が回っていない。
 「長野市は中国旗に占拠された」これが紛れもない事実である。
しかもこの占拠は中国当局が行ったものであったことを朝日新聞(驚愕)が報じている。
 mixiでも「世界最低の国、日本」が評判を集めている。その転載版はhttp://anond.hatelabo.jp/20080428082612
警察の対応には「しかたがなかった」と同情的な参加者の記事はここhttp://anond.hatelabo.jp/20080428234130

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