真のアメリカン・ドリームは新大統領のオバマ氏
就任式のゴタゴタは前代未聞
テレビ中継を見た人には「さすがのオバマ氏も緊張で言葉が出なかったのか」と思った場面があった。リンカーンの使った聖書を使い、大統領就任の宣誓を行った場面だ。
アメリカ大統領の就任宣誓文はアメリカ憲法に記載されている35語で構成され、当日はロバーツ連邦最高裁長官が読み上げる言葉をオバマ氏が復唱するかたちで宣誓文を読み上げる。当然、オバマ氏は全文暗記しているだろうが、逆に読み上げるロバーツ連邦最高裁長官が読み違えた。
「誠実に大統領の職務を遂行する」の部分を読み上げる時に「大統領の職務を誠実に遂行する」と間違えて読み上げてしまった。これに気がついたオバマ氏は正しい方を宣誓しようとしたが、結局、長官の読み上げた間違った宣誓文をなぞらえて宣誓した。
アメリカ憲法に明文化されている語句を間違ったのだから正式に大統領就任の宣誓をしていないとクレームが付くのを配慮し、パレードでホワイトハウスにたどり着いた後、ホワイトハウス詰めの記者を証人に再度執り行われのだ。
200万人が接した大統領就任式は「もう一度、本物」が行われたことになる。
ちなみに全文は以下のようになっている。
「I do solemnly swear that I will faithfully execute the office of President of the United States, and will to the best of my ability, preserve, protect, and defend the Constitution of the United States.」
35語であることを確認して欲しい。
これに歴代大統領は「So help me God」を付け加えて就任の宣誓を行っている。本来この部分はアメリカ憲法には無い。当然のことだが複数の宗教が混在するアメリカならではの政教分離への配慮なのだろう。
オバマ氏がこれを付け加えたのはyou-tubeでも確認されている。
ま、多難な新大統領の船出と言った所だろうか。
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真のアメリカン・ドリームを演説で国民に伝える
直接的な表現は使わなかったが市場主義による格差拡大を国民自らの責任と受け止めなくてはならないと特定個人を非難するのでは無く市場主義全体を批判し舵を逆に切ることを暗に表明した。
同じように直接的な表現は使わなかったが、アメリカン・ドリームとは一攫千金を得ることでは無く「60年前なら父親と町のレストランで一緒に食事が出来なかった自分が、今、アメリカの大統領として就任演説をしている」状態を指すのだと価値観の変革を国民に求めていた。
これがアメリカン・ドリームだろう。不可能を可能にすることだ。巨万の富を手にすることがアメリカン・ドリームだと思っている層が多いが、オバマ氏は例え話を利用してこの価値観を否定した。
アメリカという国は人種のルツボであり白人国家の歴史に終止符が打たれたのかもしれない。それは日本では「初の黒人大統領」との表現に誰も違和感を持たないが、アメリカでは正確には「黒人系大統領」なのだ。人種のルツボであるアメリカではこの「XX系」が多い。明確に人種が区別されるのでは無く、融和し「XX系」になりつつあるのが現在のアメリカの人種問題だ。
もっとも、教育、所得、社会的地位の切り口からは未だに「白人系」が優位に居るのは事実である。しかし、南北戦争から続いてきたアメリカの人種問題は未だに尾を引きづっていた。しかし、オバマ大統領によって一つのアメリカの国民意識が形成されるなら、アメリカは真の多民族国家の規範になるだろう。それは、とりも直さず、世界で起きている民族紛争(局地的にはガザvsパレスチナ、イランvsイラク、アフガニスタン等々)の解決の一つのヒントになるはずだ。
つなぎの大統領になるのかオバマ大統領
changeを叫んでいた割にはスタッフには「あいかわらず」の人選をしている。やはり経験不足により外部サポートを厚くする必要があるのだろう。そもそも、民主党の大統領候補として本命では無かった。にも係わらず民主党の大統領候補に上り詰め共和党との大統領選挙に勝利したのは何故だろうか。
多くの分析がなされているが、若者の人種差別への免疫とネットを利用した大統領選挙への直接参加がヒラリー・クリントン氏、そして共和党のマケイン氏を破ったのだ。現に大統領選挙での集票では白人系の投票でオバマ候補は男女ともマケイン氏に負けているのだ。白人系以外の投票がオバマ氏の当選に結びついた、それは、その層が抱えるアメリカ社会の矛盾に強く訴えたからだ。それは格差拡大と機会不均等な現状の打破だ。
選挙結果を受けてもまだオバマ大統領は食いきれない不安が伴う。選挙は上手だったが政治は大丈夫なんだろうかって不安。政府の要人も現行維持に近く、経済政策は何とかの一つおぼえのような「ニューデール政策」だ。
これには大量のアメリカ国債を中国等に買って貰うことが前提だ。がしかし、既に10%以上のアメリカ国債を保有する中国がさらにアメリカ国債を積みましてアメリカの中国に対する人権抑圧批判が続けられるだろうか。
そもそも6ヶ国協議に中国を巻き込んで北朝鮮崩壊の時には中国に面倒を見させて韓国への影響を極力抑えようとの目論見は中国が保有するアメリカ国債って武力の前に消滅してしまう。
過度のニューデール政策を抑制する本格的政権が中間選挙で出現するのでは、オバマ大統領はそれまでのツナギの大統領では無いかとの暗黙の雰囲気を強く感じる。
政治スタンスのモデルを作ってもらいたい
近視眼的な日本の政治家は「大きな政府を目指すのか小さな政府を目指すのか」の議論をふっかける。その意味で今回のオバマ大統領を筆頭にしたアメリカの民主党の政策は「大きな政府」と呼ばれている。ヒラリー・クリントン(当時上院議員)の医療保険制度推進なんかはアメリカを共産主義国家にするのかと罵声を浴びた。
マスコミは「共産主義対資本主義」みたいな表現が好きだが対立軸を記事のレトリックにしているだけで、何も本質は突いてない。実は共産主義は政治イデオロギーであり資本主義は経済方策の一環である。対立する構造は無い。しいて言えば「仏教と家計簿」を同じ土俵で戦わせているような滑稽な表現なのだ。
今までアメリカは市場主義で政府無介入を基本にしてきた。これが全世界を巻き込んだ経済恐慌をもたらした。政府は市場に介入すべきとの議論が出てくるが、これは必ずしも「大きな政府」を意味しない。経済を政府が担うのでは無く、経済のコントロール権を政府が握るのだから特に大きな政府には肥大しない。
医療制度も同じである。医療制度を政府が運営するのでは無く適度に分散し適度に集中した第三者機関を設立すれば政府はそのコントロール権を握り実施すれば良い。
実は「大きな政府、小さな政府」の議論の前に方針として(当然方針だから二局化はしない)「効率的な政府」を目指さなければならないのだ。特に立法府には行政府の見張り人として効率の良い政府作成のためのコントロール権を発揮してもらわなくてはならない。
「共産主義vs資本主義」も同じだ。そもそも、人類の歴史の中で律令制度が目指したものはイデオロギーでも経済の仕組みでも無い。経世済民が政治である。古代中国の経世済民が何故か明治時代に英語のエコノミー=経済(経世済民)と文字を当てられたが、本来は経済は政治そのものなのだ。逆に言えば英語のエコノミーも政治を強く意識する必要があるのだ。
市場経済も政治そのものである。政治主導の経済、市場、福祉のモデルをオバマ大統領とスタッフは提示してもらいたい。
それが、世界の多くの国の政治のモデルとなれば、良い意味でのアメリカ支配が広がるだろう。
ただ、それにはオバマ政権は4年しか猶予が無いと思うが。