新型プリウスのリコールに見るソフト業界の甘さ

ブレーキ性能の「特性」なのだが
 アメリカでの一連のトヨタ車リコール騒ぎはジャパン・バッシングが裏にあったり、高度な政治の駆け引きが隠れていたりと背景が複雑多岐に渡るが、技術的真相は部品のチェック体制の甘さだろう。安全管理と危機管理の双方からブレーキペダルをよく知る者が、つまり熟練工が居れば防げた確立は高い。つまり、アメリカ・トヨタには日本のような熟練工が居ないってこと露呈した。車作りが本当に好きなら、今回のブレーキペダルの部品検査で発覚していただろう。
 一方、日本での新型プリウスのリコールは様々な将来予想される事件を包含している。まず、新型プリウスのブレーキの利きについてのクレームは圧倒的に北国が多い。北海道からは18件ものクレームが出ている(全国で70件程度)。
その原因は後述するが、アメリカ・トヨタと比べ、いまだトヨタには「車作りが好き」って人間が居るんだなぁと思わせる逸話がある。どうも、凍結路面でのグレーキの利きに不具合があるようだと感じたトヨタは北海道の士別市にあるテストコースに佐々木眞一副社長を派遣し、自らハンドルを握ってその特性を明らかにしたのだ。圧雪から凍結路面に移る時にブレーキを踏むとブレーキの効き遅れが感じられたと自ら実験結果を語っている。が、その後「これは車の特性だ」と言い切って一大顰蹙を買うのだが。
 ま、自らハンドルを握る所に社長を筆頭に「車好き」が居るなぁと感心させられる逸話だ。

新型プリウスの「特性」
 まず断っておくが僕は12年程三菱の軽自動車に乗っている。トッポBJからEKワゴンに変わったが全てマニュアル車だ。その前は同じ三菱のマニュアル車のライトバンのミニカに乗っていた。トッポBJから乗用タイプに変わったのだが、このエンジンがコンピュータ制御だ。どうもエンジンの吹き上がりが遅い。三菱社の車を持つ友人に聞いてみると「三菱の特長で吹き上がりが遅れる」とのこと。もっとも、オートマ車ではほとんど気にならないらしい。マニュアル車ではクラッチを繋ぐタイミングが早すぎてエンストすることになる。ディーラーに聞くと「0.2秒程度遅いですね。慣れることです」といわれた。そして事実慣れた。
 話を新型プリウスに戻そう。プリウスはハイブリッド車では装着が難しいABS(アンチロック・ブレーキ・システム)を装着している。僕は北海道の雪道運転でABSが効果的とは思わないがオートマしか運転出来ないドライバーにはポンピング・ブレーキも知らないからABSを装着していたほうが安全なのだろう。
 何故ABSの装着が難しいかと言うと、ハイブリッド車はバッテリを登載しているのでこれを充電しなければならない。ブレーキを掛けている状態は車の運動エネルギーを減少させるために速度エネルギーを何処かに移さなければならない。一般の自動車ではブレーキパッドやブレーキシューに熱エネルギーとして吸収され車の速度が落ちる。
 プリウスはハイブリッド車なので運動エネルギーをバッテリー充電に利用する仕組みになっている。これを回生発電と呼ぶが駆動モータを車軸の回転による発電機として利用し、電力を起こす方式だ。ただ、回生発電では車の速度が落ちてモータ(発電機)の回転数が落ちると発電電力が減り車を止めることは出来ないので油圧ブレーキ併用である。これにアンチロックのABSまで絡むのだから制御は大変複雑になる。
 今回の問題はABSが聞き始めた時にブレーキの効きに遅れが生じブレーキング距離にドライバーが想定しなかった空走距離が発生する点だ。これは時速40kmで70cm程度の増加と言われているが、ま、70cmは壁に接触するかどうかの微妙な距離である。ABSは車輪がロックして車体の方向性を失わないようにロック状態を解除する仕組みであるから、正しいポンピングブレーキを自動で行えるのだが、制御的にはブレーキを解除する仕組みだ。
 実際に弱いブレーキング(回生発電駆動)時に車輪がロックし、ABS駆動した後、強くブレーキペダルを踏んで回生発電ブレーキから油圧ブレーキへの切り替わるのに0.46秒かかるとの実験データもある。
 先の三菱自動車のコンピュータエンジン制御は0.2秒の遅れで気になったのだが0.46秒ブレーキが利かないと心臓が喉から飛び出すような恐怖は無いだろうか。実は僕はオートマ車を運転していてアクセルから足を放した瞬間にエンジブレーキに切り替わらず空走する時に同じ恐怖を感じる。

リコールなのか車の特性なのか
 実はどちらでも良い(笑い)。最近の車はコンピュータ制御が進み、先の三菱自動車の軽自動車のエンジンにまで及んでいる。最近はモービル・バイ・ワイヤで全ての制御が光ケーブルになっている外国の高級乗用車もある。この場合、コンピュータはハードウェアだが制御事態はソフトウェアで行われている。
 数年先には自動車産業の裾野に電池産業が入り込むだろうが、自動車のあらゆる制御にソフトウェアが使われだしたのは10年以上も前からだ。そのプラットホームであるカーナビとカーオーディオの半導体の発達が過酷な環境でのコンピュータ利用の経験蓄積に大いに役立った。
 そして増加する車関係のソフトウェアに既存のソフト会社が参入し「組込み系」とか「embedded」とか呼ぶ。車に限らず携帯電話や家電品の分野もこの「組込み系」のソフトウェア業界が形成されている。
 実は問題は製品とソフトウェアが内製では無く外注型である点だ。このほうが仕事の有るときだけ発注すれば良く、企業の資金運用の効率は高くなる。
 しかし、昔は内製であった。新日鐵(当時)がIBMの大型汎用機を使ってスチールミル(圧延絞りステージ)の制御システムを作ったのは有名な話。また、1980年代にTK-80のマイコンボードが出た時に多くの現場ではこれで自動制御を行えば生産性が格段に向上すると必死で勉強した。実際には表面にはゲームメーカした出てこなかったが製造現場のコンピュータ化はTK-80から始まったのだ。
 今回の新型プリウスのブレーキシステムのソフトウェアがどの工程で制作されたかは知らないが、0.46秒の遅れを容認した社内体制には疑問が残る。それが車の特性だとしてもしっかり広報すべきだし、ある意味、新型プリウスには技術者の敗北があって、それがブレーキの利きが0.46秒遅れるのだと素直に認めるべきだろう。決して「車の特性」だけで済まされるものでは無い。

ソフトウエァ技術者は現場知らずが多い
 さて、本題だが。先に書いた新日鐵(当時)のスチールミル開発ではトン単位の銑鉄がローラから飛び出すとか制御ミスにより死傷者が出かかり一次は自動化を断念する話に発展した。
 実はソフトウェア屋の欠点は「人が死ぬような物を作ったことが無い」って点にある。コンピュータのキーボードと画面に流れるソースコード(プログラム記述)が全てで、そこから0.46秒の遅れにより心臓が喉から飛び出す気分を味わうドライバーは見えて来ない。
 そもそも使われている分野が携帯電話や一般の事務システムでは間違ったら謝って早急に手当てすれば良い。プログラムの瑕疵(バグ)によってトン単位の銑鉄が飛んでくることも無い。全般的に製作の現場にはユーザ感覚が乏しい。何故なら、現場を見ることも無く、与えられた仕様でソースコードを起こすことだけが仕事で、極端な話自分が作成したソフトウェアが使われている現場を見ることも知ることも無い。
 カーオーディオがソフトウェアのミスで急に音が大きくなっても「すみません。プログラムのミスでした」で済んでしまう。
 今回の新型プリウスのリコールで怖いのは、リコール修復済み(不具合の原因となったABSの動作を制御するソフトウェアを書き換える)のプリウスと未対応のプリウスで運転性能が違う点だ。実はここにソフトウェアの怖さがある。ドライバーは外見は同じなのに挙動のまったく違う車をどのように判断したら良いのか。旅行先で自宅と同じプリウスをレンタカーとして借りて運転したらブレーキの感覚が全然違ったなんてことは起きないのか。
 ここにマイクロソフトを含めてソフトウェア業界の甘さがある。直せばそれで済むって体質だ。
 工業製品は均一特性大量生産で経済発展してきた。しかし、ソフトウェアを入れ替えれば何でもありの世界では困る分野もある。我が家のWiiが故障して修理に出したが(3年前の発売日に買った)部品交換とファームウェアの入替えで3000円で帰ってきた。モーションプラスの反応が良くなったのか以後グランドスラム・テニスではマッケンローに一回も勝てない。
 マイクロソフトもウインドウズを出すたびにオンラインでのアップデートやサービスパックを出し続けるが、自分のパソコンがどこまでパッチが行き届いているのかさっぱり解らない。同じWindoesXPを持つ者と違うWindowsXPになっているのだから。
 結局、機械はコンピュータのソフトウエァで動く。アシモフ氏のロボット憲章のようにロボットは人間を傷付けてはいけないのだが、ロボットの制御部分を作っているのは現場を知らないソフトウェア技術者達なのだ。自ら考えるロボットにだけロボット憲章が提要されるとしても、主人(ドライバー)の意志に反した動きをする自動制御を作り出した責任は何処が負うのか。そのあたりを消費者庁あたりが明確にしないと責任のなすりあいに陥る気もするが。
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2010.02.11 Mint