TPPで指導力を発揮出来ない菅総理大臣
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TPPって何?
急に菅直人総理が持ち出してきた感があるTPPだが、これは日本の将来ビジョンに大きく係わる問題だ。国家観の無い菅直人総理には荷が重すぎる課題だ。
TPPはTrans-Pacific Strategic Economic Partnershipで日本語では環太平洋戦略的経済連携協定と呼ばれている。2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの国々が加盟してそれぞれの国でサービスや人の移動に標準的な規正を締結し流動性を高め、輸出入時の関税の撤廃を目指している経済同盟と言える。
「そんなの簡単じゃないか」と言うかもしれないがそう簡単では無い。各国には各国の経済事情や経済構造があり輸入に関しては国内産業の保護のために関税を課している。これを撤廃すると価格面で輸入品に太刀打ち出来ない国内産業分野が壊滅的打撃を受ける。日本の場合は農業が影響を受ける典型的な産業である。逆に輸出産業は相手国の関税が撤廃されれば価格競争力が増すので歓迎の方向にある。
FTA(自由貿易協定)と同様の相互国間の協定と言える。
どちらも例外品目を設けない包括的貿易自由化なので日本国内の調整は難航すると思われる。しかし、民主党の菅直人総理大臣の設置した新成長戦略実現会議で11月のAPEC首脳会議までには国の基本的方針を策定するとしたため方向決定に残された時間は少ない。また、臨時国会での所信表明演説でも菅直人総理はTPPへの参加の検討を表明している。
また、農業が一番の影響をこうむるので農業団体や関連産業からの反対が多い。この産業分野は民主党の小沢一郎氏に近い支持団体で、民主党の国会議員もTPP賛成=反小沢派、TPP反対=小沢派の色分けも明確になっている。また、民主党内ですら反対決起集会に110人が終結し、先の代表選挙で小沢一郎氏が集めた国会議員票を考えるとTPPでの菅直人総理のリーダーシップが事態打開の鍵となっている。
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国家像を描けなければ小手先の愚策になる
貿易立国の日本だが戦後日本が突き進んだ方向を見直す機会が無いまま単純に「貿易障壁は無いほうが良い」と判断してしまうのはいかがなものだろうか。
自動車を輸出して食料を買う国で良いのか。そこが根本的問題だろう。民主党もTPPありきでは無く、国家像から議論を始めるべきだ。
国家戦略はブレずに長期的に適用されなければいけない。現在の民主党の農業保護政策である個別補償制度がTPP締結後どのようになるか誰も全体像を描いてはいない。農水省の試算は極端すぎるきらいがあるが、食料自給率が40%から16%へ低下し、農業関連産業だけでGDPを1.6%(7.9兆円)減らすと試算されている。
これは財政再建に向けて抑制してきた公共事業費用の平成10年から平成20年までの減額8.2兆円に相当する額だ。建設業に押し寄せた公共事業減少と同程度の影響が短期間で(公共事業は10年間だがTPPは数年)押し寄せることになる。これを個別補償で賄えば国の借金は膨らむばかりだ。関税は国の収入だが個別補償は国の支出だ。
日本は今後も貿易立国を続けていくのならTPP参加による輸出振興ははかられる、しかし農業は国際競争力が無いので壊滅的になるだろう。また、農産品は天候に左右されることが多く工業製品のように部品と人力さえ集めれば一定量が生産できる産業と異なる。
農産品は収穫量から国内消費を引いた余りが輸出量になる。自国の国内消費を賄い、その残りが国際市場に出てくる。極端な不作の場合は国際市場に出てくる量が減り国際価格が高騰する。為替変動の比では無い価格の変動が農産品にはある。
それに自動車を売って稼いだ金をつぎ込んでは食料安全保障が非常に脆弱な国となる。
これからは食料安全保障が大切
長期的視点で物事を考えなければ国家戦略などは生まれないし国家像も描けない。現在はエネルギー覇権主義と言える時代だが地球規模での人口の増加が進むこれからの100年は食料覇権主義の時代に突入するだろう。
現在の中国の南沙諸島や尖閣諸島での行動は軍事的覇権主義に見えるが実はエネルギー覇権主義である。国内の産業を賄うエネルギーが不足すると現在のような成長は見込めない。そのためには原材料とエネルギーの確保が国の成長の保証になる。
また、経済成長は食料需要を高度化し、結果として必要な食料の量が増大する。例えば小麦を食べていた民族が肉食になると、小麦の消費量は7倍にもなる。肉1sの生産には小麦7kgが必要になるからだ。
中国が今後どのような成長を何時まで続けるかを考えると日本の国家戦略の中で食料は重要な戦略物資になる。食料問題は今後中国の格差社会の象徴的問題に発展する。だから中国では先見の明がある人々がバブルの金を使って外国で農地を買いあさっている。
工業製品の輸出を今後とも続けるよりは農産品の輸出に国の方向を変える必要がある。工業生産を止めろと言っているのでは無い。緩やかな変革が産業界に起こるように誘導すべきだろう。
農業を食料を他国に依存する国は何時か滅ぶ。農業を鎖国化して過剰保護する国も何時か滅ぶ。過去の工業製品輸出国家から戦略的に農産品輸出国家に変えていく必要がある。何故なら、自民党政権は農業を票田(文字どおり票田)として農業保護政策でお茶を濁してきた。国際競争力を付ける手だても講じずに現状の延長線のままの政策であった。
特に小規模米作農家に手厚い米価格制度を重視してきたので農政=米の時代が長く続いていた。畑作なんかが農業政策課題に上ることが無かった。
本来、民主党に政権交代したのだから国のありかたも大きく緩やかに梶をとる必要があるだろう。極端な表現をすれば、自民党政治とは何だったのか、その何処に誤りがあったのか、ここが民主党のスタートラインではないのか。
その意味でTPPは試金石である。旧来の自民党であれば自動車を売った金で食料を買う政策で突き進むであろう。しかし、民主党はその道を選ぶべきでは無い。政治が行わなければならない事は国民の生命、財産の保全である。農業を他国に依存してはこれからの22世紀に向けて気候変動が激しさを増す世紀に生き残れない。文字通り餓死してしまう。
菅直人総理は経産官僚の口車に乗って軽率にTPPを進めるべきでは無い。与党内部からも批判の声が上がっている。国家100年の大計に立てば農業を輸出産業にまで高める戦略がこれからの時代に求められている。
もっとも菅直人総理の指導力ではTPPは実施出来無いとも踏んでいるのだが。
下手すると政界再編の火種になるTPPの今後の動きに注目したい。
追記:農業こそが市場原理主義だ
農業生産は単年度の繰り返しで一見単純に見えるが、逆に言えば1年で見直しを迫られるPDCA(Plan-Do-Check-Actionのマネージメント)のサイクルの確立した産業とも言える。金融取引よりもテンポが速いかもしれない。
18世紀末に経済学者のマルサスが『人口論』の中で、「人口は幾何級数的に増えるのに、食糧は等差級数的にしか増えていかない」と語り、これが地球規模の食糧問題の根源だと学校でも教えている。しかし、過去40年の人口増加率は189%で、農産品の増産率は215%ある。つまり、人口の増加よりも食料生産の増加のほうが大きい。
これは何故かと言うと、農業が先に述べた1年サイクルのPDCAが有効な産業だからだ。例えば2007年に小麦の国際価格が高騰した。それに伴って「わしも小麦やってみようか」って事で世界的に作付けが増え8000万トン増産された。もっとも、単純では無く他の生産から切り替えたから大豆なんかに品薄感と価格高騰が起きたが。
つまり、農家にとって何を作付けするかは経済(農産品価格)と連動する。だから、毎年作付けと収量が変動し価格も変動する。日本が農産品輸入の度合いを高めると、これに左右されるが自給率が高まり、かつ輸出産業化すれば左右される度合いは少なくなる。
現在日本の農業自給率ではカロリーベースで40%などと言われているが、カロリーベースの自給率なんて数字をはじき出してるのは日本だけだ。各国は農産品の取引を基準に取引高ベースで自給率を計算している。
日本は食料品物価が他国より高いので一概に言えないが生産額ベースの自給率は60%になる。額で言えば8兆円になる。内訳は畜産計は2兆5,882億円、野菜が2兆1,105億円、米1兆9,014億円。これに輸入農産品の金額5兆円で計算すれば上記の割合になる。この5兆円に国内生産者保護の関税が上乗せされる。また、一部の農産品は輸出もされている、これは2.6兆円になる。つまり、金額ベースで見れば2.6c兆円出て行き5兆円買っているから差引は2.4兆円である。
この輸入の5兆円の内訳はまさに贅沢三昧だ。ナタデココやマンゴーのブームは不必要(かどうか議論があるが)な食べ物を輸入する結果になった。儲かったのは何処か? 空便に荷物を満載できた航空会社である。
民主党の農政は米の呪縛(全生産額の22%)から離れて国民の食料安全保障の立場から政策を立案すべきだろう。それが、前自民党政権に出来なかった事なのだから。