TPP交渉妥結で日本は巨大経済圏に参入する

TPP交渉の本質はEUと同じ
 自由貿易圏の確立はEUが進めた統一通貨ユーロと同じ方向だがTPPは関税の撤廃によって自由貿易圏を拡大しようとする手法だ。通貨の統一によって国家間の財政の強弱による弊害が発生したが、貿易圏内の貿易の自由化のみに絞った経済活動改革がTPPと言える。もちろん、ヨーロッパのユーロがもたらした弊害を参考に自由貿易圏の形成を関税撤廃に求めたものがTPPだ。
 そもそもの発端は2006年にニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイが自由貿易協定「パシフィック4」の発行を機に、この協定を太平洋全体に拡大しようとしたことにある。環太平洋となるとアメリカを避けて考えられないのだが、4ヶ国でアメリカと交渉しても腰を上げないと思われたので日本とアメリカ双方を巻き込んで環太平洋経済圏を作成する構想の仲介役を日本に求めてきた。
 当時の日本は自民党政権末期であったのでとても主導的役割は果たせないと官僚が「勝手に」判断して態度を保留した。
 ところが弱体化した自民党政権から民主党政権に変わっても政治的指導力は弱く、アメリカやオーストラリアを加えた8ヵ国が2010年春TPP交渉を開始した。
 政権を奪還した自民党安倍政権が2013年7月にTPP交渉に加入しようとしたときには23分野を交渉対象にする等でTPPの大枠は固まっていた。
 日本の安倍政権は米、麦、牛豚肉、乳製品、砂糖の聖域化を参加条件にしたため、アメリカも完成自動車の関税自由化を持ち出して、難航するのが必須となった。
 甘利担当大臣が白髪になるまで難航した交渉だが、2015年に妥結を見ることになる。各国が持ち帰って国会で批准する(85%の経済圏の同意が前提になるが)と、国内総生産(GDP)で世界の4割弱、8億1000万の人口を含む世界最大の自由貿易圏が生まれることになる。。これはヨーロッパのEUを凌駕する規模で、尚かつ、ヨーロッパとの違いは農業国を中心とした自由貿易圏になる。
 また、工業分野では自動車を中心に完成車、部品の関税が撤廃され、日本の完成車と下請け構造が下請けは部品工場として直接海外に輸出できる道が開ける。

警戒する他の経済圏
 環太平洋経済圏が確立すると対抗勢力となる中国、韓国、EUの警戒感は高まる。自由貿易圏に加盟しなければ関税の障壁を越えなければならず、自国が有利な輸出製品は排除されてしまう。典型的なのがドイツのフォルクスワーゲンだろう。アメリカ市場開拓が検査データ捏造で窮地に立たされているのに加えて、トヨタは関税障壁を撤廃されてアメリカ市場に乗り組んで来るのだから対応は難しい。
 中国に配慮してTPP交渉に参加しなかった韓国だが、自国の自動車の輸出先であるベトナムが参加しているので、これも完成自動車分野で窮地に立たされる。韓国の自動車部品専門工場は小規模で部品輸出には耐えられないだろう。日本とベトナムの間で自動車の関税が撤廃されると韓国は大きな輸出先を失うことになる。対アメリカについても同じである。
 そのため韓国は「万難を排してもTPPに参加する」とは表明しているが、問題は配慮した中国の出方である。
 中国の経済が失速状態にあるのではないかとささやかれているが、実際に中国政府が認めるには時間がかかるだろう。一方、国外生産を余儀なくされていた日本の部品メーカだが、関税障壁が無ければリスキーな中国で生産活動を続ける必要が無くなり、中国撤退はさらに加速するだろう。
 中国はさすがにTPPに参加するとは言えないだろう。TPP参加には「市場経済国家、民主主義国家」が前提となるので参加表明すれば共産党一党支配が俎上に上げられる。そんな舞台にわざわざ出てくることはしないだろう。
 対中国貿易も各国「別枠で対応」となるから中国側としては「他国と同等」を求めて交渉に来るだろうが、政治的不安定と格差拡大による経済的不安定が貿易上のリスクとして算定され不利な条件でしか貿易が出来ない状況に追い込まれることになる。


TPPは車を売って食料購入では無い
 歴史に学ぶと1992年のウルグアイ・ラウンド(GATT)の時も農業への影響が声高に叫ばれた。車を売って食料を購入する日本を確立する条約だと言われた。その対策として農業には多大な税金が投入され条約の許容範囲で農業保護政策が実施された。
 今回も早々に農業関連の保護が叫ばれて、何を根拠にするのは不明だが「10兆円必要」なんてアドバルーンがあがっている。当時の農業保護政策では土地改良事業なんて生産性に直結する事業も有ったが、温泉施設や良く解らない農業スポーツジムなんてのもあった。政治家は金を付ければ(予算措置すれば)実績が積み上がり、官僚は金を使えば(事業実施)すれば実績が積み上がり、結局、国民不在の政策がまかりとおる証左だろう。
 ドラッガーはマネージメントの基本はマーケティングだと言っている。「何が提供できるかでは無くて、何をマーケットが求めているかを把握するのがマネージメントの基本だ」と述べている。まさに、農家が何を求めているかから出発する必要があるだろう。
 今までは日本農業の生き残りを大規模化に求めていたが、これはアメリカ農業ばかり見ていた弊害だ。加えて大規模化ではTPP加入国のオーストラリアには敵わない。そもそも、農地の狭い日本でアメリカ、オーストラリア的な大規模化を行うと土地生産性に依存する世帯しか残らないので地方の人口過疎が拡大する。20年も前の試算で恐縮だが松山千春氏の故郷「足寄町」(当時、日本で一番広い町)では大規模化(農地面積を大規模農家の農地面積で割る)すると人口が900人と試算された。当時(1990年)には10,000人居たのだが。
 日本の農業がTPPの自由貿易圏に打って出るには日本農業が他のTPP加盟国と何が差別化できるか考える必要がある。それを後押しする農業政策がマーケティングとして必要になる。
 その答は「品質」である。
 日本農業は大規模化を目指して来たよう見えるが、同時に品質向上とマーケット開拓を進めてきた。

マーケティングがマネージメントの原点
 原材料農作物の生産にはGPSを使った自動運転トラクターまで出てきたが、生産と収穫と工場への搬入の活動だけの範疇だ。この面ですら夜間耕作が許可されない等の規制緩和の余地がある。
 裾野の広い農業は原材料作物生産以外にある。果実や野菜の生産だ。例えば「水菜」一つ取っても、種苗生産、植え付け(定植)、収穫、選別、梱包(袋詰め、箱詰め)、定温輸送、陳列と作業が多岐に渡る。特に袋詰めの自動機械などは農家個々が持つ場合が多く、マーケットは広い。
 加えて輸送の工夫である。TPP参加各国に新鮮なまま輸出するには輸送の工夫が欠かせない。
 中国の観光客の爆買い対象に日本産イチゴがあるが、中国国内まで新鮮なまま持ち帰る手段が無かった。イチゴは容器と擦れる所から痛むので輸送に耐えられなかった。ところが、イチゴを揺らすことなく梱包するフィルムが開発され、今では長距離持ち帰りが可能になった。
 東京の「銀座コージ」でのショートケーキ製造で消費されるイチゴは時期によってはアメリカからの輸入イチゴが100%だ。これの歩留まりが悪い。最悪90%が廃棄される。国内イチゴに端境期を作らないように北海道でのイチゴ施設園芸が盛んになってる。典型的なのは「むかわ町」だ。
 日本国内で日本をマーケットに考えていた農業は発想を転換すべきだ。アメリカがデファクトスタンダードを作ることができるのはアメリカに移住した外国人が世界をマーケットに物作りを進めるからだ。一方、日本は日本国内でしかマーケティングしないから「ガラバゴス」状態に陥る。NTTでは古くは「ジャストモデム」新しくは「iモード」マーケティングが国内に限られるから技術は有っても世界に普及しない。
 農業は、ここで褌を締め直して、TPP加盟各国をマーケットと考え、温泉施設や農業トレーニングセンターに税金を使わず、マーケットを睨んだ施策を知恵だしし、TPPを新たな市場拡大の新天地と考えるべきだろう。

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2015/10/13
Mint