北海道新幹線札幌延長は負の遺産
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時代背景と鉄道
人類の歴史の中ではなはだ不幸だったのは交通網の整備である。まず最初に蒸気機関車による鉄道が実用化し普及した。この100年後に自動車が実用化し普及した。それまでの移動手段は馬による馬車しか無く、馬車は道路を必要とし、蒸気機関車は鉄路を必要とした。どちらも建設主体が何処であれ、社会インフラである。
さらに50年後には民間旅客輸送が始まり、空港が社会インフラとして整備されていった。古くからは海路があるが物流の手段としてのウエイトが大きく今回はこの3つに限って時代を考えてみる。
よく言われるのが「自動車の普及が鉄道より前だったら、高速自動車網は広く普及していただろう。鉄道は物流を担い両者の棲み分け発展が出来ただろう」って点だ。今でこそ、鉄道は新幹線の普及により「高速大量輸送」と言われるが、世界の趨勢は「高速」は自動車に譲って大量輸送を鉄道に求めている。人は個々人のニーズで移動するが、物流は物流拠点間を結ぶ移動なので鉄道に有利に働く。
そこに格安航空会社のLCCの登場である。
東京オリンピック(1964)の年の開会式の10日前の10月1日に東京大阪間の新幹線の営業運転が開始された。この時代の鉄道が今でも「新」幹線と呼ばれるには違和感があるが、全国への新幹線網の整備は故田中角栄総理大臣の「列島改造論(1972)」の目玉であった。数年で全国新幹線網が実現すれば効果が絶大だったが、札幌まで北海道新幹線が延長されるのは2030年である。実に技術開発から64年、全国新幹線網整備から58年の歳月が流れている。2世代の時代を経ている。ちなみに日本の鉄道が新橋横浜間を始めて走ってから10年後には青森まで延びていたことを考えるとその整備速度の違いに隔世の感がある。
その間に時代は変化しているのに、いまだに修正されずに続くのは何故か。それは、初期の段階に全国新幹線網を整備する使命をおびた組織が立ち上がり、組織温存のためには新幹線を作り続けなければならないから。特殊法人「日本鉄道建設公団」だ。青函トンネルもこの公団が建設を行った。組織温存のためには作らざるを得ないし、国会議員は地元利益誘導に手っ取り早いのが土木工事の誘致だ。工事本体は請負えなくても孫会社くらいなら入り込んで売り上げをあげることができる。地元の土木工事会社が潤えば地域経済も潤う算段だ。大規模公共工事だと根こそぎ大手ゼネコンに持って行かれるから、鉄道工事は地元向きな工事となる。
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建設費の負担と償還
民間会社では事業推進の投資対効果ってのは是非の一丁目一番地だが、新幹線整備には複雑な利害関係が生じる。まず、北海道新幹線は法律上は「整備新幹線」に分類される。整備新幹線だと税金の投入が容易になるからだ。
例えば2030年度末開通目標の北海道新幹線札幌延長(整備新幹線)だが、現時点(2006年)で1兆5000億円と積算されている(駅舎を含まず)。地元北海道庁の負担は1/3なので5000億円。残りは国の負担になる。そして、所有権は独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)にあり、路線はJR北海道に貸し付けられる。
毎年積算額の変化(上昇)があるけれど、JR北海道は運営会社として貸付料を利益の中から払えばよい構造になっているため、利益が出なければ実質、税金で運営される。利益が無ければ貸付料は限りなくゼロに近くなる仕組みだ。
では、建設費は何処から償還するのか。実は償還出来ないのだ。だから、税金で塩漬けにしておく。次世代の「頭の良い人」が解決してくれるだろうって作戦だ。
JR北海道が利益を出せない大きな理由は、維持管理費にある。貸し付けられた鉄路だがこれを維持管理するのはJR北海道の仕事になる。後述するが、電力会社の電気料金のように維持管理費や運営人件費に適切な利益を乗せた包括原価方式で乗車料金を決めると、格安航空会社のLCCに比して競争力が無い価格になる。妥当だと思われる乗車料金に乗車人数予想をかけ算して得られた金額では経営赤字になる。
乗車料金が赤字なら、かけ算する乗車人数を増やして総収入をアップさせることになるが、はたして札幌一極集中の北海道で、他の地域での降車(LCCは札幌直結利用者で競合する)がどれくらいいるか。
無用の長物
何かと引き合いに出させる「人類史上最悪の無用の長物」。
1)ピラミッド
2)万里の長城
3)戦艦大和
しかし、視点を変えてみると、以外と有用だったりする。
1)ピラミッドは産業の無いエジプトの観光産業として外貨を稼いでいる。謎を解こうと日本でも年に数回テレビ・ドキュメンタリーで取り上げられる。世界遺産でもある。
2)万里の長城は、現在の北京市の郊外にある。北方からの騎馬民族の侵略を防ぐために構築した自衛のための国境だ。そう、古代、国境はここにあり、それから先は他民族の土地だった。何故か、今は遥か北東まで中国の領土となっている。ま、自分たちで決めて城壁まで築いたんだからそこから北東には手を出さないって宣言を象徴する国境としての価値がある。
3)戦艦大和は本領を発揮せずにして沈没した戦艦として歴史に名を刻んだ。たしかに「無用の長物」だったかもしれない。しかし、「宇宙戦艦大和」以来、大和ミュージアムのように世代を越えて「大和」の名は受け継がれてきた。日本文化は桜に象徴されるように咲いて散る、つまり絶好調の最高の時に消えるものを愛しんできた。戦艦大和が九州沖で撃沈されず、戦後まで生き残り戦艦長門のように原爆実験の標的にされたら評価はどうだったろうか。歴史にイフ(if)は無いと言うが、大和(日本)を象徴する存在として今も人々の心の中に生きているのではないだろうか。
では、北海道新幹線はこの無用の長物にラインクインするのか、最後に考えてみよう。
高額な維持管理費がネック
雪国を走る新幹線には降雪ってハンディが伴う。1972年に札幌で冬季オリンピックが開催されたときに「こんな雪の多い冬期オリンピック会場は初めてだ」(なんか、矛盾するが)と酷評された。選手の移動が降雪状態による道路状況で時間が未定になった。普通の冬季オリンピックは市街地は雪が無く、会場になる山には雪があるリゾート地を開催地にしていたが、札幌冬季オリンピックはまったく新設のオリンピックだった。気温が低いために距離競技の選手が帽子からツララを下げて滑っていた。
今回の北海道新幹線札幌延長は、いわゆる北回りと言われる現在の函館本線近辺をルートにしている。函館本線の小樽ー長万部間は「山線」と言われるほど勾配のきつい鉄路が続く。東海道を走ったC62では牽引力が不足するので2機関車の重連で構成した急行ニセコが走った区間だ。
勾配を克服するには新幹線ではトンネルを多用して急勾配や急カーブを避けるとともに降雪の影響を極力少なくする。そうでなくても青函トンネルってトンネル内の湧水排水だけで発電所が一つ必要なくらいの海底トンネルを持っているのに、加えて全線の60%以上がトンネル。しかもその多くは近辺にトンネルを持たない新たな地層をくり抜くトンネル。しかも降雪地帯なので地下水脈は多いと考えられる。長大トンネルの維持管理は時間と共にコストが増加する。安全に鉄路を維持するには毎年毎年上昇する維持管理費を捻出していかなければならない。
結局、税金投入の道しか無くなる。地元選出の国会議員の政治力を頼ることになる。
札幌まで延長してもJR九州の「ななつ星」のような豪華列車を走らせることは出来ない。九州と違って北海道は365日観光可能では無い。まして、航空機も新幹線も1シーズンに数日雪のために運行停止するのでは観光を申し込んで「運が悪かった」ではすまないので二度と行かない。せいぜい5月〜10月までが観光シーズン。物好き用に2月といった所だろうか。
そもそも、新幹線延長により在来線の廃止(地方自治体による三セクは降雪地帯では無理なことが「ふるさと銀河線」で証明されている)しか無い。
イノベーションを起こせない会社は無用
で、膨大な金(税金)喰い路線になることが問題なのでは無い。
常に、国(政府)の動向に一喜一憂するような経営体制では組織にイノベーションが生まれない。全国各地には名前を知られていないローカル線の運営会社が沢山ある。ほとんどが赤字でなにがしかの補助金で運営されている。ところが、千葉県に
いすみ鉄道って会社がある。営業距離28kmだから札幌の市電に毛の生えたようなローカル線だ。しかし、ここのホームページへ言ってみると解るがローカル鉄道を核にした総合オンラインショップだ。
社長はルフトハンザから公募で移籍してきた人で、鉄道マニア、車窓DVDの販売会社の社長を以前から行っていた人。そしてその話の中に「鉄道ってのは純粋培養で中途入社なんか無いんですね。だから、700万円で鉄道運転免許を取った人を採用するって計画を立てました。5名程居ますが、発想がユニークで組織が活性化しました」
ここなんだなぁ。
新幹線頼みだと札幌−青森間以外はせいぜい通勤圏の小樽−札幌、岩見沢−札幌、千歳−札幌くらいしか残らないだろう。他は廃止か三セク払い下げだ。
実はJR北海道も鉄路を走るバスのデュアル・モード・ビークル(DMV)を研究していたのだが実用化への規制緩和が進まず研究を中止した。実は、ここにヒントがあると思う。レールにバスが乗るのでは無くて駅とバスの直結だ。列車が到着するのを待っているバス(マイクロバスでも良い)をJR北海道バスが運営する。
観光地の市街地までJR直結バスで送迎するのも良いだろう。
実はJR北海道には「乗り鉄」が居ないのか、明治の時代に遮二無二引いた鉄路は市街地を避けたために素晴らしい景勝地を通っている。「撮り鉄」が好む「栄光の山線」や「静狩峠」のビューポイントを知らない。
高速道路は安全のために風よけや騒音よけで景観を楽しめない。しかし、JR北海道のローカル線には素晴らしい景観が沢山ある。だが、足の便が悪い。そこで、駅から駅へのマイクロバスがあれば需要は多い。
バブルの頃のリゾート列車でこりたのか、はたまた社風が後ろ向きなのか。
かろうじて生き延びているのでは無く、建設的に生き延びていく施策を断行しないとイノベーションの無い会社になりさがってしまう。それは北海道全体に影響する。
新幹線で浮かれてないで(あれは、赤字の自爆テロなのだから)、今一度、足元を見つめ直してもらいたい。