観光化した「雪まつり」は地域不在の「祭り」

「祭り」の基本は地域行事
 都市伝説なので真贋は解らないけど北島三郎氏がとある番組で「「祭り」をうたっている北島三郎です」と言ったら若いMCが「あ、知ってます、「祭りだ、祭りだ、わっしょい、わっしょい」って奴ですよね」と言ったら「ひばりちゃんだ!」と不機嫌になったとか。
 「祭り」って言葉が含む意味合いには個々人で解釈の違いがあるだろうが、基本は参加するって行為に収れんすると思う。つまり、祭りには当事者しか居なくて、傍観者は居ない。その意味で「祭り」であり、人に見せるものでは無い。仮に外から見ていても、それは広義の祭りの「当事者」に位置付けられる。それが「祭り」だ。
 札幌市には夏に「よさこいそーらん祭り」って行事がある。これが、これから書こうと思う「札幌雪まつり」を大きく違うのは「よさこい」には踊っている参加者と見ている観客の一体感がある。それはプロ野球のような球団(演者)とフアン(観客)の一体感と同じものだ。
 会場では「祭り」が行われる。それが地域、もしくは諸団体を中心とした「祭り」の典型だ。つまり、主役と脇役の一体感を醸すのが「祭り」だ。盆踊りなんかがその典型かもしれない。
 まだ、大学生だった時期に「何とか祭り」ってのがあって、一番身近だったのは「寮祭」だった。学生運動がこの行事を失くしてしまったが、当時の200名の寮に暮す学生のある意味での「序列」が決まるのが寮祭での活躍度だった。そこには日本相撲協会のような「票割」なんてのは無くて、個々人がいかにパフォーマンスを披露するかがそれから1年の権威(権力では無くて)の序列を決定する「祭り」だった。
 次年度にはと狙っていたのに学生運動が華やかになって学園バリストで中止になったのは残念だったが。
 祭りは日本文化にある「ハレとケ」の一翼だったのだろう。

祭りは現場で楽しむもの
 参加するのが祭りだと書いたが、日本語では解らない部分を英語で表現すると「祭り」はフェスティバルである。オクトーバー・フェストなんかの収穫祭はほとんどフェスティバルの用語が使われている。一方、展示会のような参加型では無くて主催者の企図で運営される会は「イベント」と表される。イベントには参加者では無くて観客が動員される、
 動員された観客は「見て来た、すごかった」って感想を持つ。決して「一体感」なんてのを求めてはいないし、それを得られる訳では無い。
 つまり、展示会でありイベントなのだ。
 で、「札幌雪まつり」に話を移そう.
 もう、あらかた書いてしまったのだが「祭り」って冠を付ける意味は無いだろう。誰も参加して躍動してないのだから。ま、市民雪像とか国際雪像大会とかあるけど、所詮、刺身のツマでしかない(参加者には申し訳ないけど)。
 圧倒的に雪像を「見せるイベント」になってしまったのが現在の「札幌雪まつり」だ。
 外国人観光客に好評とか報道されるが、日本の文化である「祭り」が伝わっているとは思えない。多くの外国人観光客は日本の「祭り」をフェスティバルでは無くてイベントなのだと理解して帰国するだろう。
「祭り」は文化なんだって叫んでも虚しいだけだ。
 そもそも名称として「雪祭り」は所説あるが小樽市の冬を楽しむ行事として手宮公園に雪山を作って造形を始めたことに起因する。当時は雪で閉ざされた地域で人が外に出かける「祭り」を作ろうって単純な発想だったろう。たぶん、それが「祭り」だって考えも無かったのだろう。
 それが昭和30年代に小樽市の中央グラウンドを使った雪像作成になり、忠魂碑のある丘の上ではスケートリンクを作って一流のフィギュアのスケータ(当時はジャンプのスピン1回転でも大拍手だった)のイベントにまでなった。当時幼稚園児だった私は回りの石碑の囲いの隙間からトゥループーで進行方向に両手を広げてスカァーと抜けて行くスケータに「エネルギーはベクトルなんだなぁ」と感じた(嘘)
 小樽市が凄いのは、札幌市に「雪まつり」を取られて後に「小樽、潮まつり」を立ち上げたことだろう。
 第一回目の当時は高校生だったが「祭り」に賭ける意気込みには熱気を感じたものだ。それが今でも続いているのは嬉しい。

観光に「祭り」の冠を付ける是非
 で、ここまで読んで気づかれただろうか。「札幌雪まつり」は「まつり」のひらかな表記であり、夏のヨサコイソーラン祭りは「祭り」の漢字表記だ。
 つまり「まつり」は「政(まつりごと)」をひらかな表記したものなんだろうなぁ。古くは「政(まつりごと)」は「祭り事」の表記であった。
 結局「まつり」は英語表記するとイベント、「祭り」はフェスティバルなんだろう。だとしたら、札幌雪まつりの英語表記は誤訳である(きっぱり!)
 大通公園の「まつり」に対して東区のツドーム会場で分散して行われている「祭り」が存在意味があるのかもしれない。同じ「札幌雪まつり」の一環だが冬を遊ぶことを主眼に行われている。ま、交通の便が悪いのが難点だが。
 話が飛ぶが、映画ホームアローン2ではニューヨークのセントラクパークのスケート場のシーンがある。この映画に今のアメリカ大統領のトランプ氏がホテルでケビンと衝突するシーンで出ているのだが、実はこのスケートリンクは予算の無いニューヨーク市に替わってトランプ氏がお金を出して修復したものだった。
 今年は知らないが大通り公園のテレビ塔近辺の会場でJ:COMがスケートリンクを作っている。雪国に初めて来て雪像を見るのも良い体験だが、まったく知らないウインター・スポーツを体験できるのも「祭り」だろ思う。
 20年も前の昔の話だが仙台で仕事をしている時に、仕事が遅れ気味で日曜日も客先で仕事をしていたのだが、夕方になってジャンプ競技の中継があることを知っていたので客先のテレビのスイッチを入れて見ながら仕事をしていた。当日の当直の人が見回りに来て「何時までやりますか」と聞かれて「20時には消灯します」と言ったのだが、テレビを見て「これ、何さ?」。あ、ジャンプ競技ってスキーで滑って飛ぶ競技です。「え、転ばなければ合格かい?」
 1972年に札幌で冬季オリンピックが行われ、長野の冬季オリンピックの前ではあったけれど、仙台市での認知度はその程度だったんだ。
 で、話を戻すと、観覧型の「まつり」はもう限界だと思う。外国から観光客が来てるからって言い訳するけど、「一度見ればそれで良い」って「まつり」は何も感動を与えない。
 ゲスな話で申し訳ないが1970年の大阪万博で目玉は「月の石」だった。3時間も並んで初めて月の石にを見られる貴重な体験を目指して皆が行列した。で、その時、月の石を見た大阪のオジサンにバラエティ番組がインタビューしたら「月の石は一生に一回は見るものだから3時間待っても価値があるわぁ。でも、毎回行くストリップ劇場ではは待たせられたらかなわんなぁ」って「蘊蓄(失礼)」ある言葉があった。
 一生に1回の「雪まつり」じゃぁ駄目だろう。
 せめてスキーやスケートを体験できる場も用意すべきだろう。そして、それが「祭りだ!」(わっしょい、わっしょい、それって、ひばりちゃんだろう!(c)北島三郎)チャンチャン!

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2018/02/07
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