旅と旅行の違いは(2)

旅の話(4)
 民放で言うCM明けですか、ページを分けました(笑い)。
実はその「わたくし」女は旅館の一人娘だったんです。
で、私(当時19歳)より歳上(当時24歳)だったんですが私は便利な奴みたいに思われてチョクチョク手伝いに付き合わされてました。小堤の配達とかで一緒の車で郵便局まで行ったりする仕事とかです。
 出かけた途中で「摩周湖とか見たことある?」とか言われて「学生の研修で見学した事ありますね」と言ったら「彼女と見た経験無いんだぁ、じゃぁ、わたくしに付き合ってくれます」と言われて摩周湖の第三展望台まで連れて行って(拉致かぁ(苦笑))くれた。ま、車で30分ほどの距離なんだけど
「どう?」{何が?」「私が一緒に摩周湖を見た最初の女性だよね」「あ、ま、そうだけど」「感度鈍いなぁ」当時はまだ若造だったんで彼女の気持ちが受け止められなかったのかもしれない。
  で、賄いの女性陣のストライキ宣言も終わって、平穏になったので我々アルバイトには本来業務以外の仕事が回ってきて、先輩たちは昼間は風呂掃除、私は事務所と配膳部署とのインターホンの配線とかの昼間の仕事が命じられたのです。
 私の性格ですから「条件違うやろう」と腹を立てて、辞めますと啖呵を切って北見市に戻りました。
戻る足が無いので(総務部長のマイクロバスは頼めない)観光ツアーのバスを利用したのですが、途中で観光地の硫黄山とか摩周展望台とか付き合わされて美幌の駅から国鉄(当時)で北見の寮に戻りました。
もう面倒くさいなぁと思いながらその夜の急行大雪で小樽に帰省することにしたのです。で、駅前の蕎麦屋でざるそば食べてるとTVは野球のオールスターの試合の中継で江夏投手が9連続三振を執ったようでした(ま、時代の足跡です)。
 で、実家に帰って特に何もすることが無い私宛に葉書が届いたのです。
「挨拶無しに帰ったのね、寮で聞いて実家の住所解ったから手紙出すけど、早く電話ちょうだい」(今の個人情報保護法では考えられへん(笑い))って内容で差出人は「わたくし」女でした。
取り合えず電話すると「ユースの経営がおかしくなってるの、助けに来る気がある」とのこと。
「ま、行っても良いけど、それって、付き合ってくれって話?」
「バカ言ってんじゃないよ。私はユースの経営も任されてるの。その立て直しにスカウトする。勘違いしないで。変な下心あるんなら電話切るよ!」と、怒られながら(この頃からかなぁ、ツンデレ好きになったのは)、ユースホステルのペアレンツに若干20歳の私が就任することになったんですね。
 当時のユースホステルの運営はほとんどボランティアみたいな感じでアゴアシ(足は無いか)で運営していたです。飯は3食食べられるけどバイト代は出ない。で、標準語は関西弁(笑い)。とにかく運営側に関西人が多かったです。
そこで私がした事と言えば「旅の情報交換ミーテング」(やっと、本題に戻った(笑い))
何処の景色が良かったとかのミーテングでは無くて「そこに行くなら、穴場が有って、この店を尋ねたら面白い」って裏情報の交換会。
「飯を食うならここだなぁ」って情報に「行く前に、教えておいてよぉ」なんてツッコミが入る。
結構参加者はメモしてるんだけど、私のメモ帳は毎晩なんでギッシリになるほど各地の情報を入手できた。だから私からも「そこなら、蕎麦屋の親父がおもしろいって聞いたなぁ。知らんけど」(標準語は関西弁だった)とかで盛り上がる。
で、「わたくし」女からは「私も大学行けば、そこまで出来たのかなぁ」なんて評価される。彼女は四大の学生と話した事が無いような素振りだったが、実は藤女子短大の卒業生で中島みゆきと同窓だったのはかなり後から知った。
当時は藤女子大も北16条校舎しか無くて北大との交流が中島みゆきの成長の土壌になったと言われてました。彼女は箱入り娘なんでそんな北大との交流なんて経験も出来なかったのでしょうね。
この経験を大学一年生で出来た(「わたくし」女との関係じゃくてね)ことは収穫でした。
そこから私の(ここの読みは、わたしね(笑い))人生も含めた旅が始まったのです。
人生も含めて出発点があるとすれば私には大学の1年生で体験したユースホステルが出発点でした。
その後、授業があるのでユースを切り上げて大学に戻ったのですが「わたくし」女から「お礼の手紙が沢山来てるよ、来年もやってよ」と言われたのですが「いや、来年は俺が旅をする!」と宣言した(若いなぁ)ので、1年限りのペアレントでした。

旅の話(5)
 人間、何か自由な時間が取れるってのは大学生の時代だけだなぁ。その間に成人になるし当時は未成年でも大学生って事で一人前(実際は半人前の5割掛け程度なんだけど)に扱ってくれた。
 北見市で国鉄の国労の組合員の方も一目置いてくれたのは前にも書いたけど。
 旅をする人々と弟子屈のユースで触れた経験から、まずはユースの会員になった(これも、後手なんだけど)。当時は郵便局で会員登録できたので北見駅の向かって左側の郵便局で申し込みをした。受付窓口の女性が会員証を渡してくれる時に「いい旅してね」と言ってくれたのが印象に残っている。
がぁ、この会員証は1回しか使われなかった(笑い)。
 秋の定期試験が終わったので、今度は客として弟子屈のユースに行った。実際は屈斜路湖の紅葉を撮影したくて、当時の写真部では白黒写真を現像から焼き付けまで出来るのだけれどカラー写真は扱えなかった。白黒でも紅葉を写せるって証明したくてヒッチハイクで弟子屈までの何か所かで撮影をした。実はバイト代で三脚を買ったのでスローシャッターで湖面を写すなんてテクニックも試してみた。(スローシャッターが好きなのは後述)
 ヒッチハイクの最後に屈斜路湖から弟子屈に向かおうと手を上げたら若い女性の車が停まってくれた。弟子屈の旅館の名前を告げると「地元だから送ってあげるよ」ってことで同乗させてもらった。
「あの旅館、経営厳しいみたいねぇ」なんて話しかけられて「そうですかぁ」と答えていたのだけれど、数年後に現実になる。
で、「わたくし」女の彼女と再会したのだけれど、事務所の雰囲気が数か月で全然違っていた。大学生には理解出来ない「経営」って危機感だったのだろうなぁ。
 「わたくし」女の彼女も「御免ね。飲みに行こうかって誘っても良いのだけど、ここ小さな地域でしょう、出かけたら、どんな噂が起きるか解らないので今回は御免なさい。北見に店持ってるから、そこで会いましょう」と言われた。
 旅の目的はあくまで「紅葉撮影」(かなぁ?)だったので、空振り(そっちか!)も我慢してその旅は終わった。
 それから数か月して北見市でも氷点下の気温が度々な頃に、寮に「今、北見に来てるの、時間があれば〇〇って山下通の店に来ない」って「わたくし」女の彼女から電話が来た。実は男子大学生が200名(定員)も居る当時の北見工業大学の北苑寮では外部からの電話を受信出来るのは受付の電話1本だけ。そこに電話すると寮内放送で「電話来てるでぇ」と言われて受付まで走っていく。受付にたどり着くころには若い女の子からの電話ってんで電話の周りは野次馬の山だった(笑い)。

 で、それを振り払って街まで行ってみると(当時は北苑寮にタクシーを呼ぶなんて出来なかったので歩いて15分程して国道まで出てタクシーを拾った)。
「わたくし」女である彼女はかなり酔っていた。
「ひさしぶり、元気だった」って声を掛けると「なぁに、何時も会社に来る営業マンみたいなことを言って」と絡んでくる。
「だって、呼んでくれてありがとうが僕の立場だろう」と言い返すと「アナタは何時も大人ぶるのね。そんなアナタは嫌い」と言ってくる。
「ま、君と出会って、どんだけ自分が大人じゃないか教えてもらったからなぁ」
「あら、わたくしの事を「君」って呼ぶの始めてじゃない?前は「アナタ」って呼んでくれたよね」
「あ、御免、気分を害した?でも今は「君」って呼びたいんだ。迷惑かなぁ」
「そうなの。ところで、あなた、わたくしの事、好きなの?」
と突然に言われた。
「好きだよ。今までも何人か好きな女性は居たけど、年上の女性を好きになったなんて初めて」と言ったら「ありがとう、わたくしを好きな人が、また一人増えたね」って笑っていた。
「何かあったの」と聞いたら
「人生って旅よね。わたくしは25歳でその旅の終着駅にたどり着いてしまったみたい。その終着駅の手前にあった切り替えポイントに立っていたアナタに気が付いて会っておきたかったの。勘違いしないでね、わたくしアナタに出会えたことが嬉しい。アナタと話せたのが嬉しい。そして、それをアナタに伝えたかったの。だから手紙を書けばそれがアナタに伝わるのだけど手紙で伝わらないかなと思って、今日ここで飲んでて、あアナタと同じ北見に今は居るんだって思って、急に手帳を見てアナタの居る大学の寮に電話した。迷惑だった?でも会いたかったの。手紙で伝わらないことってあるよね」
会いたかったって事が彼女の心にあった事を知った。
「だってまだ大学生だから何もしてあげられないよ」って言うと「解ってる、今は何も出来ないでしょうけど、わたくしと違って未来が白紙なアナタはこれから沢山の旅と出会えるのが羨ましい。わたくしは終着駅にたどり着いたからなぁ」と泣きながら言われた。
「聞いても良いかなぁ。アナタは、いや「君は僕の事、好きかい」と言ったら「わたくしはアナタの事は大好きだけど、あなたを好きになる女性は居ないでしょうね。わたくしを好きな人は沢山居るかもしれないけど、わたくしが本気で好きになった人は少ない」」
「その一人が僕かい?」
「ウーン、年下の男の子に関心持ったのはアナタが初めてかなぁ。なんかアナタにはわたくしの心に響くのがあるのよね。アナタが年上のわたくしに興味を持つのと同じかもね、お互いの波長が合ったって言うのかなぁ。これからのアナタたは、今のわたくしの25歳の女性の感性が解る大人になれるよね。それが、わたくしが、あなたを好きな理由。大好きだって別れる時に言うって意味解る?「君」って呼んでくれてありがとう。あなたの心に住めるわたくしになったと思ってうれしい。でもアナタも勉強しなさいね!わたくしみたいな優しい人とは何時も出会えないんだから」と頬をつねながら言われた。
「僕は好きになってはいけない人を好きになったってこと」
「全然違う、私を好きになるのは勝手だから」
「もう一度、同じ質問してもいいかなぁ、好きになってはいけなかったの?」
「ありがとう、わたくしも何か好きだったけど、ま、人生の歯車がかみ合わない関係なのかなぁ」
「それは、あるかもしれないけど、社会人から見たら大学生なんてゴミみたいな弱者だからなぁ。今は何も君にしてあげられない」
「そんなの解ってるよ。でも、わたくしの為に頑張ってくれるのうれしい。だけどね、社会人って感覚を感じないんだなぁ。未来は白紙、それはうらやましいけど、逆に白紙の人と一緒に人生を歩みたいと思うかなぁ。そのあたりは解るよね。わたくしにもわたくしの人生があるし」
「君は自分の人生を俺に託せないって考えたの?」
「ストレートに言いますね。そんな感じかな。アナタって凄く未知数なんだ、これからどんな社会人になるか解らない。そんな人にわたくしが頼れると思う?」

その時に若干20歳の私は「人生は旅である」と感じた。
彼女の一言が私の人生の旅の出発点だった。
そして大学の2年目の旅が始まったんです。
その旅はロマンスとかけ離れた「闘争」なんですが。


旅の話(6)自由への長い旅をひとり
 大学も2年生になると後輩も出来、倶楽部活動の写真部でもそこそこ仕事を任せられるようになった。
そんな時に新しく部長になった先輩が倶楽部で写真展をやろうと言い出した。
昨今の「表現の不自由展:その後:のなれのはて」(笑い)では無いが私の写真は趣味で「作品」なんか作っている気持ちはさらさら無かった。
道東の風景写真を撮りたいのだけれど時間が取れずに、当時の北見駅の国鉄の機関庫で蒸気機関車の貨物車の入れ替えの写真を撮った。蒸気の吹き出しを強調するために夜間の長時間露光と言っても1秒とかを三脚を使って撮影した。
で、写真展の作品に何枚かプリントアウト(拡大器で印画紙に焼き付けって言うんだけど)したら全部見せろよ、ネガをポジで焼いてこいって部長の指示。しょうがないので全部ネガからダイレクトプリント(印画紙にネガを並べて露光って言うんだよね)して出したら「すげぇ、夜の写真かぁ、どやって撮るんだぁ。ASA1600(フイルム感度で大きい方が暗くても映る。普通のフィルムはASA100)使えば撮れるかなあ」って部長の発言で理系の悪い所が出て全員が部費で購入したASA1600のフィルムをカメラに詰めて夜間撮影に向かった行った。
さすがに自分の写真を他人が選ぶって行為に納得できなかった私は、その一派の活動には加わらなかった。
で、写真部主催の写真展は決行された。
私の北見機関区の蒸気機関車も1枚だけアリバイ工作のように混じっていた。

実は話は遡るのだけれど、私が大学のクラブ活動に「写真部」を選んだのは当時の機械工学科の先輩(写真部部長)が「すごい写真持ってるんだってなぁ。一度見せてくれないか」
と言われた事、実は高校の卒業アルバムか記念アルバムに私の「修学旅行の思い出」って写真で1968年の国際反戦デーで新宿が燃えている一日前に東京タワーから撮った夜景写真。コンパクトカメラしか持っていなかったので展望台のガラスにカメラをくっ付けて長時間露光(これ、好きやねん)で撮った東京の夜景の写真。当時の写真部の部長に何処から情報が入ったのかは不明。
その時も写真部で展示会をするって話があって、私の高校生の時のネガも再度プリントアウト(引き延ばし印画ね!)タイトルが「東京26時」ってことで展示された。
反響は結構あって「一年坊主がぁ」ってのも写真部内にあったのは後から知った。
ちなみに最初に出会った写真の部長は素晴らしい人で、最後の最後まで私の面倒を見てくれた。これも一期一会、人生が旅なんだなぁと教えてくれた人でした(詳細は後述)。
で、話を戻すと、写真展は決行されたんだけど、展示された作品は「北見市のススキノ」と言われる山下通の女性たち(ま、著作権とか肖像権とか緩かったからなぁ)の写真ばかり。夜間撮影って結局そこかい!
て、ことで写真部を喧嘩別れして「劇団ひとり」になるのですが、ま、その頃にこんな事件もあったんですね。
ここに書いてない話を「旅」をテーマに(ほんまかいなぁと懐疑的に見ているでしょうねぇ)話は続く

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2019/10/28
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