「国立追悼施設を考える会」は何を考えているのか
国立追悼施設を考える会
下火になったのかと思ったら国会議員が超党派で「国立追悼施設を考える会」を立ち上げた。
そんなことを「考える」前に、自分たちの歴史観を「考える」のが先だろう。
外圧によって日本の文化を捻じ曲げるようなことはあってはならない。鳩山由紀夫氏はメールマガにくどくどと経緯を書いているが、まず対外的に理論武装しなければならないのは、以下の3点にある。
1)靖国神社が追悼施設とふさわしくないと思う理由。
2)太平洋戦争終結から60年を経て、何故、今、国立追悼施設が必要なのか。
3)靖国で会おう、誓って戦死した(既に取り消せない)人の御霊を新施設に移せると考える理由。
そんなハコモノで歴史を捻じ曲げるような行為は断固許されない。メルマガに政治家が靖国神社に分祀を求めるのは政教分離の原則に反すると書いてあるが、だからこそ政治家は先に書いたように
国務大臣の靖国神社参拝禁止法を国会に上程して議決すれば良い。それが、政治家が政治家として行える最高の靖国神社問題への努力である。国立追悼施設建設なんて、立法府としての不作為の最たるものだ。
国会議員は未来志向で諸問題の解決をはからなければならない。税制赤字を子孫に回したり、不要な施設を子孫に回したりしては駄目だ。
靖国神社は兵士の追悼しかしてないとの誤解
先の鳩山由紀夫氏のメルマガでも「靖国神社は軍人・軍属」しか祀られてないと決め付けている。多くの評論家もこの点を指す。しかし、本殿のみを指して誤解を広めてはいけない。境内にある鎮霊社は世界中の戦争犠牲者を祀っている。
靖国神社が諸外国から「War shrine (戦争神社)」と呼ばれているって話も説得力が無く日本人特有の「戦争シンドローム」によるものだ。
韓国のソウルには「平和記念公園」てのがあって、そこには朝鮮戦争当時の兵器や現代までの航空機が陳列されている。僕はここで実物のB26を見てえらく感動したのだ。で、この「平和公園」は「北朝鮮の奴らを追い返した」ってことを伝承するための施設なのだ。名称は「平和公園」であるが、実態は戦勝公園なのだ。
だから「戦争神社」ってのは、ごくありふれた表現で、戦争(美化)神社と諸外国から見られているなんて拡大解釈は行うべきでない。
神社総体で考えるか、本殿のみに着目するかの問題だが、基本的に戦前の神道の象徴としての靖国神社が持つ負のイメージをことさら強調しても現代に生きる我々にはそれは過去の歴史であり、未来では無い。
靖国神社は時代時代に歴史の断面で担った役割があったが、では、今の靖国神社は何を担っているのか。そこから始めないで、国立追悼施設なんてのは本末転倒だ。
結局第二の靖国神社にしかならない国立追悼施設
戦没者慰霊の施設を60年も諸外国との交戦を行わなかった日本が今更作る必要性を感じないが、かりに作ったとしてその位置付けはどのようになるだろう。結局、第二の靖国神社になるのだろう。靖国神社だけが特別視されているが、日本全国に存在する招魂碑、護国神社はどのような扱いになるのか。結局、靖国神社だけに特化して第二の国立追悼施設を作っても、まさに「仏作って魂入れず」の事例になるだけだ。
歴史を見据えなければならない。靖国神社を今後どのようにするのか。政教分離の原則から宗教には口を出せないって原則論も解るが、では、創価学会と公明党の関係は完全に白なのか。実態はかなり灰色の部分がある。国が国立追悼施設を作って、その祀り方はどうするのか。その施設では「なみあむだぶつ」と口にしてはいけないのか。何でも有りで隣でアラーの神を称えている所で「アーメン」と言ってよいのか。
まったくナンセンスな施設になる。
では、年に1回例大祭を行う招魂碑で良いではないか。広島、長崎の原爆慰霊と同様に負の記念碑として年1回例大祭を行うような施設で十分だろう。そして、その程度なら新たに国立で作る必要も無いだろう。しいて言えば靖国神社の中に作るか、鎮霊社の例大祭をそれに当てればよい。
とにかく国会議員は立法してくれ!
そもそも「国立追悼施設を考える会」は心情的だ。戦後60年を経ての発議には論理性が無いので陥るのだが、そこを冷静に判断して欲しい。それには法律を作るのが国会議員の責務として必然だろう。先の質問の
2)太平洋戦争終結から60年を経て、何故、今、国立追悼施設が必要なのか。
が、法律の目的に最初に書かなければならない。その段階で挫折するかもしれないが、とにかく条文として国民の目に示す手順が必要だろう。「国立追悼施設法」を書き出して提示してもらいたい。
仲間内で勉強会するのも良いだろう、が、国会議員は立法を通して国に奉仕する特別国家公務員だ。職務放棄してもらっては困る。過去の政治的判断は必ず心情的に数を頼んで議決って方法論を取って来た。それが立法府である国会が調整の場としてしか機能していない60年だった。立法は官僚が行い、議決は国会調整して行う。そこには国民の代表である代議士不在であった。
新しいことをやるなら、新しいより進歩的な手法を選択してもらいたい。単なる勉強会で無いのなら、法律条文を早急にまとめて国民に提示すべきだ。その文章はさっそく波田陽区やだいたひかるのネタになるほど滑稽だと思うが。