やはり阪神タイガース? コンサドーレ

2次リーグ4連敗スタートはいただけない
 別にどうでも良いのだ。たかだかサッカーってスポーツの世界の事。大相撲やプロ野球の「興業」に比べたら小泉純一郎じゃないけど「一喜一憂しない」のだ。
ただ、「脳天気にジュピロを応援している場合でないぞ」ってJ2降格の時に思った身としては、決まりきった負けパターンに少々意見も言いたくなる。本当、勝ちパターンなんかほとんど無くて、負けパターンはしっかり伝承されていく不思議を感じる。
これって、前に書いたように覚悟の上。でもさすがの「阪神タイガース」も「負けパターン」は持っていない。「勝てないパターン」なのだ。
 「負けパターン」てのは勝負の世界では相手に弱点をさらけ出している訳で、ここを攻めれば負ける気がしないと相手を納得させてしまうのだ。ここ4戦はまさに相手に余裕を与えてしまった。相手は「負けパターン」に引き込めば良いのだから。
 コンサドーレの勝ちパターンは「先取点を取って守る」なんてのはちゃんちゃらおかしい。サッカーは守れる競技では無いのだ。一瞬の針の穴を突いて得点を目指す競技なのだ。だから、鉄壁の守りってのはルール違反すれすれにしか有り得ない。川上哲治の野球のように「最小得点での勝利」ってのはスポーツの原点を見失っているのだ。そもそもスポーツとはルール(レギュレーション(規約))を守って多様化した競技なのだ。アントニオ猪木とムハマド・アリが戦うのはスポーツでは無くて興業なのだ。このあたりは理解戴けると思う。
 そこで、「一瞬のスキを突いて得点、相手には「一瞬のスキ」を許さず」って戦法は矛盾してることが解るだろう。相手にも「一瞬のスキ」を突くチャンスが有るのがスポーツなのだ。だから、軍隊でも無い「巨人軍」が君臨できるのだ。清原のバントが意味するものをゴシップ的ではなくて考えてもらいたい。スポーツは歴史を重ねながら「セオリーを踏まえ虚を突く」って方向に展開してきたのだ。


駄目なものを「駄目」と言おうよ
 その意味で「岡田采配」は駄目である。高校サッカーレベルである。「プロのスポーツ」なのだJ1は。そこに加わる哲学が無い。「先取点、それを守る」なんて思想は岡田監督に無いのだろうが、結果として、やってることは、そうゆうことなのだ。それが「岡田サッカー」なのか? だとしたら寂しい。
 北海道に信じられない事態が起こってる。北海道出身野球監督のセリーグ優勝である。ひょっとしたら、リーグ優勝すらするかもしれない。ヤクルトの若松監督。この事態に岡田サッカーはどのように対応するのか。基本的に北国は「コツコツと積み重ねる」ってのが好きだ、だが、北海道はかなりそれと違いミーハーな部分がある。若松監督が北海道で優勝パレードをした時にコンサドーレはどのようになるだろう。たぶん、「お荷物論」が北海道新聞あたりから出るだろう(笑い)。
 さて、岡田采配の弱点だが「和をもってチームを制す」って考え方だ。たしかにJ1では日本人監督は限られるが、この方針はプロチームとしての意識に掛ける。まるで、阪神タイガーズ(あ、ここは和なんか無いか)と同じ地元への甘えである。
 いいか、岡田。プロスポーツってのは「勝利を持って和となす」って世界なのだ。吉原をガンバ大阪に出して外国選手ストライカーに頼っているのでは駄目なのだ。和からはみ出した吉原を使える技量が監督に求められていたのだが、チームの和を優先して、チームの目的を失った采配を岡田監督は下したのだ。

岡田更迭が普通のシナリオだが
 北海道の駄目な所は岡田監督に何を託し、それが実現されているかのフィジビリテイスタディが出来ないこと。ここまで来たら、そしてJ2降格なら岡田監督は更迭だ。その責任がコンサドーレ運営者として当然の指針なのだが、社長が札幌市の役人では出来るのかどうか。
 面識もあるし、なんせ高校の先輩なので名前を出したくないが「田中ぁ、解ってるのかぁ」と言いたい。なんか札幌ドームの興業も担ってるらしいが、基本的に役人の知らない興業の世界だって認識を持ってもらいたい。「食の祭典(1988年)」ってのが崩壊したのは役人の「制度、施策、事例主義」が業界の海千山千に食い物にされたのだ。その轍を踏んでいるのが札幌ドームなのだ。役所がやってるコンサドレーでは無い事をどてほど広報しただろうか>札幌市。
 そこそも「指揮官、岡田武史」を読むと、北海道フットボール倶楽部はブラジルの選手紹介料として単年度で5、000万円も払っていたとか。これが北海道的な体質の最たるものだ。先の「食の祭典」の時に解ったのだが、北海道の人間は自らは何もしない。何かする努力すらしない。5、000万円あれば2〜3人を1年間ブラジルで勉強させて育てることが出来るではないか。それをせずに顧問料として5、000万円払うのは自ら何もしない典型だ。北海道は明治の頃から、こんなことばっかりやってきた。そもそも北海道大学の前身である北海道農学校だって、「外国から学ぶ」建て前が、外国企業への発注制度構築となり、「ヤラセ」の北海道開拓に結びついたのだが。自らの失敗を積み重ねながらノウハウを蓄積して行く方法では無く「出来合い購入」の安易な方法がめんめんと北海道に根付いたのだ。
 僕は「岡田武史更迭」には賛成する。プロスポーツの常なのだから。ただ、岡田武史の北海道フットボール倶楽部役員就任の道を開いて欲しい。鹿島アントラーズがジーコからの恩に報いるためにしているように、岡田武史を北海道に残して欲しい。そして、北海道に欠けている「自ら泥沼の中でもがき、そしてノウハウを会得する」ことを啓蒙してもらいたい。
 監督は、誰でも良いが、岡田イズムは北海道に残したい。

東京ブリッコするな、阪神フアンの気持ちになれ
 で、僕は岡田武史更迭があっても上記のような処遇であれば反対しない。逆にナァナァで運営される事には反対だ。それが、プロスポーツの集団を持つサポーターの宿命なのだから。好き嫌いでは無い、プロは成果を求められる。参加することに意義があるなんて甘い事ではプロスポーツを支えきれないし、支えきれないチームは消えていくしか無いのだ。
 そもそも、前に「阪神タイガース」と書いたのは、フアンが多くて弱いってチームの象徴としてなのだ。そんなチームは吉元興業的なのだ、そして、スポーツとか体育とか以前に、興業化しているのだ。最近のスポーツイベントをバラエティ化して放送している局が多いが(特に、プロ野球のオールスター、最近は世界陸上もそんな扱いだ)、これは「スポーツの自滅」である。そんな扱いを「興業的に」認めるコミッショナーの自殺である。
 大阪の阪神フアンはギャグとしか思えない阪神タイガース興業をスポーツ化したいのだ。そのために「いつか日本一に」(ま、実際なったが)って事で応援しているのだ。
我々も背番号12番のサポーターとして、川縁チェアーマンの「体育では無くてスポーツを根付かせたい」ってJリーグ開設のポリシーを踏まえ、お委せでは無くて、自らのノウハウとしてのプロチームの運営を目指し、コンサドーレ・札幌の運営を支えて行こう。阪神タイガースに無くて、コンサドーレ札幌に有るもの、それは指揮官、岡田武史なのだ。
と、ここまで書いて、今日9月15日の清水エスパルス戦で、延長Vゴールで勝ち点2ながら後半戦最初の勝利をおさめた。岡田監督更迭は免れた。一番ほっとしているのは北海道フットボール倶楽部だろう。


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2001.09.04 Mint