安全神話の神話は繰り返される
軍が政治の実権を握った世界が戦前の日本の姿だ。統帥権を持つ昭和天皇を巧みに利用して軍事国家を作ったのは今の北朝鮮に似ている。その中で軍事教育の先頭を切ったのは現場の教師達だ。そもそもが戦陣訓だった「死して虜囚の辱めを受けず」を一般の国民にまで浸透させた東条英機は先の戦争で一番日本人を殺した故に戦犯であろう。これは何もアメリカの手を借りなくても自明のことだ。
エネルギーの自給率が4%しか無い日本になったのは戦後の石炭エネルギー政策から石油エネルギー政策に転換し原子力を加えて電力をまかなってきた。当時は人件費の高騰で石油製品を輸入するほうが安上がりであったから国策として石炭から石油へと転換した。これは余談だが自民党が社会党のバックボーンである炭労を潰すって思惑もあったかもしれない。これ同じ事を後の総理大臣の中曽根康弘は国鉄民営化で行っている。55体制の一方が炭労、動労、国労と支持母体を失って消滅したのは歴史上の事実だ。
この国策を疑いもなく受け入れてきた結果が福島第一原発の事故でありその影響は東日本大震災と同等の避難民を出している。自然災害より悪いのは復興に手を染めることが出来ないことだ。地域全体が消滅してしまっている。
そもそも、原子力発電の是非は「何でも反対派」と「何でも賛成派」の議論で、実は議論が成り立っていない。その状態のまま放置し国策が優先された。これまた戦前の日本と同じだ。国策を疑いそれを選挙で結論出す。それが民主主義の基本だが国民も為政者も選挙は祭りであり国策の是非に決着を付ける手段とは考えてこなかった。そして「国は国民を裏切らない神話」である。そのように教育してきたのもこれまた現場の教師である。
戦前の日本を繰り返さないためには教育が肝心なのだと気がついていても実行に移されないまま、戦前と同じ意識の日本人が育っていたのだ。
第二の敗戦から立ち直るには
田原総一郎氏は昭和一桁生まれだから両方とも経験している。特に先の大戦の経験は若かったので世の中の価値観が一夜にして180度替わる状況に驚愕したらしい。今回の「第二の敗戦」でも同様に180度かどうか別にして旧来の価値観の見直しが必要だろう。それが無ければ第二の敗戦と共に日本は今後衰退の道を歩むことになる。
第一の敗戦と第二の敗戦の共通項にマスコミが出てくる。どちらも国民の目線で活動するのでは無く自己保身で活動してた。
おもしろいデータがある。ここ数年日本での殺人の被害者は1000名程で戦後最も少ない。治安が良いのにそれが国民に広報されない。治安悪化のために警察官の増員がはかられているが事実は必ずしもそうでは無い。
マスコミが連日連夜殺人事件を取り上げる。何故なら、ニューズ的な番組が増えて経費を切り詰めるものだから殺意事件を手っ取り早く扱う。殺人事件は事象がはっきりしており警察発表はだいたい正確で現場を写して周囲にインタビューすれば10分程度の枠は埋まる。これを、原発問題なんかで埋めようとすると専門家を複数呼んで司会者も知識人を使うから出演料だけでも殺人事件の10分より何倍もかかる。
戦前なら軍部の圧力に屈して(本当は違うが)と言い訳できたが、今は、金がないのでと情けない理由だ。そして、最後は番宣に代表される自社売りだ。フジテレビの韓流化は結局スポンサーが取れないので自社のCMを公共の電波で流している見下げた行為だ。
このマスコミが第二の敗戦の復興に価値観を変えなければ日本の復興は無い。
次は教育と政治だ。これは別な機会にしよう。