事故調が責任を特定しない
事故調査は犯人捜しでは無く、事故の詳細な事実関係と再発防止に力点をおくものである。だから、責任者を特定することに重点を置かない。しかし、事故の詳細な事実関係から推測できるものでなくてはならない。例えば航空機事故調査報告書では事故原因がパイロットの操作ミスであっても、「下手なパイロットが起こした事故」と簡単に片づけたりはしない。パイロットが操作ミスに陥った原因まで遡って調べる。
航空機事故調査の中間報告(何度も中間報告が繰り返されるのだが)に「自衛隊からの割愛組の機長に事故が多い」と書かれて最終報告書では削除された経緯があるが、これは、教育に欠陥があって事故が起きたのではないかってアプローチである。決して犯人捜しでは無い。このように、大局的見地から事故を俯瞰し事故調査報告書は作成される。
これに比べて今回の4つの報告書はまことに調査が甘い。これを受けて司法の場で「推測される犯人(責任者)」を導き出すにはエビデンスになる説得力が無い。
にも関わらず、検察当局は2012年8月1日に東電関係者や政府関係者を被告とした業務上過失致死傷容疑等の5件の告発を受理した。(東京地検3件、金沢地検1件、福島地検1件)
被告には勝俣恒久前東電会長、班目春樹原子力安全委員会委員長、菅直人前首相らの名前があげられている。
受理した地検が受理時点で「起訴は極めて難しい」と弱音をはいているように、現在まで解っている事実関係だけでは起訴にたどり着けないだろう。
検察が現場検証に福島第一原発の建屋に入ることも出来ない状況にあり、事故調査報告書だけでは相手側弁護士とやりあうことは出来ないとの判断からくるものだろう。
放射能をまき散らした原発を法的に特定できない
事故を放射能を原発敷地外にまき散らした事故ととらえると、1〜3号機のどの原発が対象になるのか、刑事事件では原因の特定がまず必要だ。だが、どの事故調の報告書もこの点を明確にしていない。
操作ミスがあったとして、どの原子炉の誰が操作ミスしたかは裁判の重要な論点になるが、何号機が放射能を大量にまき散らしたかは特定されていない。
敷地内の測定器で放射能濃度が高くなったのは3月11日では無く3月15日になってからだ。既に1号機は12日15時36分に水素爆発で建屋が吹き飛んでいる。この時は放射線の上昇は観測されていない。3号機が水素爆発したのが14日の11時01分、4号機が3号機からの水素漏洩で爆発したのが15日6時0分。<
1号機3号機4号機と水素爆発を起こしたのに2号機が水素爆発を起こさなかったのは1号機の水素爆発時に2号機建屋の側面のブローアウトパネルが開き、2号機建屋で発生した水素が抜けて爆発濃度まで高まらなかったとの節が当初からあった(実は私もそう解釈していた)。しかし、15日6時10分頃に2号機サプレッションチェンバー付近で水素爆発があり(これはテレビで撮影できるレベルの派手なものでは無かった)この時、2号機から大量の放射性物質が漏れたと思われる。現在(2012年8月)でもこのブローアウトパネルは開いており、主に2号機から毎時750万ベクレルの放射能が放出されている。
放射性物質による被曝を裁判の争点にする場合、2号機由来の放射能であることを特定する必要がある。もちろん最も放射線量が多い原子炉なので現場検証は出来ないのだが。
報告書を元に「2号機と推定される」では裁判はもたないだろう。仮に2号機を主原因とするとして、次の段階はサプレッションチェンバーでの水素爆発の責任は誰にあるかになる。今回の裁判の被告にGEがなっていないが、実はマークT形原子炉は格納容器の容量が小さく圧力の急上昇を招くとしてその後の設計(マークV等)では格納容器の容量を大きくして爆発負荷に耐えられるようになっている。この場合、設計時に想定されなかった負荷に対応する責任は利用者(東電)にあるのか、販売者(GE+東芝)にあるのかが争点になるだろう。ちなみにGEは事故後直ちに
自らの正当性を表明してる。
「古いものを使い続けた罪」なんて東京裁判じゃないのだから、後追いの罪を作るのでは無く、あくまで現行法で裁くことが必要だろう。ただ、前途多難ではある。