日本は歴史に学びNATOを組織しなければならない

歴史の先例に学ぶ
 冷戦構造は一触即発の軍事対立に見るが、結果として冷戦構造の名の下に大きな戦争が起きなかったのは歴史の事実である。第二次世界大戦が終了して東欧諸国の共産化の防護壁として西欧防衛軍事同盟としてイギリス、フランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの5か国で「ブリュッセル条約機構(1948年3月)」が設立される。
 しかく各国とも戦争で消耗し対応する軍事力の整備が追いつかない。そのために、アメリカ大陸のカナダとアメリカを参加させ、他に欧州10か国が加盟して「北大西洋条約」が署名される(1949年4月)。NATOの基本戦略は「1国で戦うにはコストが高いが、集団で対抗すれば各国の軍事コストは下げられる」との、まさに日本で言うところの「集団的自衛権」であある。
 一方のソ連はワルシャワ条約機構で対応するが、こちらはソ連崩壊とともに1991年7月に解散している。ところがNATOはその後も活動を続け2010年には新戦略概念2010を取りまとめている。この2010ではNATOとロシアの協力が重要であると明記されている。かつての敵を巻き込んだ戦略に転換されている。ただし、ここに中国を名指しで明記することはおこなわれていない(参照、外務省ホームページ)
 第二次大戦終了時のソ連と今の中国を比べるとあまりにも似ていることに驚かされる。共産党一党支配であり核兵器を保持し、国力は経済規模で世界第二位にまで成長し、軍事力の増強は着々と進んでいる。国土の拡大を目指した力による外交を展開しようとしている。
 一方、これを迎え撃つアジア各国は軍事力も乏しく中国の仕掛けてくる局地戦の防戦すら手が回らない。これは第二次世界大戦終了時のヨーロッパ各国とソ連の状況と同じである。
 日本はアジアにおいてNATOに該当する軍事機構を組織し、アジア冷戦構造を作り、やがての中国の崩壊を待つ長期戦略が必要だ。
 そのネックになるのが、現在の内閣解釈「集団的自衛権は行使できない」である。

普通の国に戻ることで外交力向上
 憲法解釈を変えると口にするだけで北朝鮮の対応が変化したのは拉致問題の進展で明らかである。普通の国の外交カードが使えるようになった。
 先に書いたように平和憲法を持つ国家は日本だけでは無い。多くの国が憲法に平和を明記している(当たり前と言えばそのとおりだが)。日本の憲法9条ガチガチのお花畑連中は「個別的自衛権は行使出来るが、集団的自衛権は行使できない」と言ってるが、その段階で憲法解釈をねじ曲げている自己矛盾に気が付かない。
 自衛隊を解散させない限り、憲法9条違反は続く。それこそ、政治の憲法軽視である。それを放置しておいて日本は法治国家と言えるのか。放置国家ではないか。
 ここは憲法9条を変えることだ、そのためには日本国内だけで議論される「集団的自衛権」を内閣の拡大解釈で容認することだ。「戦争を出来る国家にする」って政治家や政党が言うのはおかしい。シビリアン・コントロ−ルを政治家自ら放棄する無責任発言だ。
 日本共産党ってのはおもしろい政党で「憲法堅持! アメリカの言いなりになるなぁ!」と街宣活動を行っている。日本国憲法は日本が占領状態でアメリカから押しつけられ憲法ではないか。100歩譲っても占領下で決められた憲法は国際法上正当性を持たない。その「アメリカの言いなり」で出来た憲法を堅持するのは「アメリカの言いなりになってる」のではないのか日本共産党よ。
 将来的に中国の共産党による一党独裁は崩壊する。それを祈って待っているのも外交カードのひとつだが、アジア諸国から見ると「日本だけアメリカの後ろ盾を持って、祈っていれば良いが、我々の国はどうなるんだ」とリーダーシップを問われるだろう。


中国崩壊に向けた三段跳び
 三段跳びはホップ、ステップ、ジャンプだが、民主党政権はホップ、ステップ、ズッコケと言ったのは鴻池氏だが、やはり、ここは3段階で中国の崩壊を待つ、もしくは加速させるのが世界平和に一番貢献する手法だろう。
 ホップ
 憲法解釈の偏向を行い内外に表明することだ。憲法改定が先決との意見もあるが、日本は戦後70年も自衛隊を保持して憲法解釈を拡大解釈してきた。なにも、一気にハードルを上げる必要は無い。逆に、自衛隊を認めることでハードルは極端に下がっていると考えるべきだる。これに「集団的自衛権」を上乗せしても、カレーラースの横に福神漬を添えたようなものだ。憲法ではプリンと言っているのにカレーライスを付くってしまった事に比べれば微々たるものだ。
 ステップ
 憲法変更が次に来る。太平洋版NATOを作り日本が加盟するためには憲法変更が必要である。しかし、これも日米同盟で既にハードルは低いのだが、これはアメリカの傘に入ることで、太平洋版NATOも実質的にはアメリカの傘の下だがこれは核兵器を持たないアジカ同盟国の現状からしょうがない選択肢だ。しかし、局地戦はアメリカが出てこなくても相互の軍事力を融通して対応できる状態が必要だ。その時に「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と憲法に書いてあっては参加出来ない。何故なら軍事同盟とは相互扶助の原則であり、武力行使を国家の方針として認めないのでは参加できない。
 そして、このステップの段階で日本の国連での常任理事国入りを図っておく必要がある。太平洋版NATOも国連主導主義で進める必要があるからだ。
 ジャンプ
 太平洋版NATOの設立。これに日本が重要な役割を果たせなくては中国包囲網は成立しない。アジアの国全てが必ずしも中国排除では無いことはお隣の韓国や北朝鮮を見ていても解るだろう。どっちに付いたら有利かって判断で歴史は繰り返される。独立国として生き残るだけが国家の選択肢では無いことは歴史が示している。
 ただ、相互に発展していく友好国となるためには、今現在の人類の知恵では、政治が民主主義で経済が資本本位制であることが必要だ。その条件を満たさない国は太平洋版NATOには加盟できない。具体的には北朝鮮、中国、イランあたりが参加条件を満たさないだろう。
 ここまで準備をしておけば、あとは中国崩壊を寝て待てば良い。ここまで準備しないで中国崩壊だけ祈っていては「憲法9条ガチガチの変なシト」と同じになってしまう。
 政治は結果責任だ、自民党がやりたい放題していて民主党に寝首をかかれた経験を踏まえれば、自民党自身の「戦後レジュームからの脱却」として、国民に対し、これくらいのことはやってくれても良いのではないか。

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2014.06.09 Mint