官僚支配からの脱却が民主主義再生への基本

日本を動かしているのは誰か
 新年、明けましておめでとうございます。2015年が皆様に幸多い年であることをお祈りします。
 とまぁ、書き出したら仮名漢字変換では「新年」は「信念」、「多い」は「覆い」と変換したので、ま、今まで書いてきた事と違った文章を書くのは難しいってのを悟りました(笑い)。
 日本の政治を動かしているのは政治家であるってのは一面で正しい。その政治家を選ぶのは日本国民なので間接的ではあるが日本の政治を動かしているのは日本国民って考え方も一面で正しい。なんせ、日本国憲法には「国民主権」が明記されているのだから。
 そこで幾多の法律について語るのでは散漫になるので税制について書いてみたいと思う。「今の日本で税制を動かしているのは誰か」との問いかけになんと答えるだろうか。
 税金が何故徴収されるかの基本をまず考えておく必要がある。憲法に明記された国民の義務には
(1)勤労の義務、憲法27条
(2)納税の義務、憲法30条
(3)教育の義務、憲法26条(順不同)
とある。
 日本語は簡潔に物事を表現するので勘違いを誘発することが多いのだが、現在でも憲法の26条に書かれる「教育の義務」を義務教育を受ける義務と勘違いしている国民が多い。国民の義務だから義務教育を受けなければならないと思うのは心情的には理解しやすいが、国民は義務教育期間の子供に教育を受けさせる義務があるってのが正しい解釈である。また、そのように憲法には書かれている。何故か曲解されて登校拒否の中学生に「国民の義務だ!」と諭す輩が多いのが現実だ。
 教育を受けさせる義務が扶養者(多くの場合は両親)に課せられているってのが教育の義務の本質だ。
 脇道に逸れたが、納税の義務についてもう少し掘り下げてみよう

何故、納税の義務が生じるのか
 現在の日本国憲法が制定された当時は国民の中で給与所得者は公務員が圧倒的で大半の国民は自営業の経営者かその丁稚奉公であった。農業所得者も多く、今で言う「サラリーマン」はごく少数であった。
 だから、憲法に納税の義務を明記するとともに国は制度設計として税金徴収の仕組みを構築する必要があった。憲法に納税の義務があっても国が制度として税金徴収の制度を構築しないのでは憲法違反である。
 そもそも、税金とは何かは税金はなんのために徴収されるのかで書いたが、国の運営方法は最終的に律令制度国家に落ち着いた。国家が統治機構であるためには目に見えた国家事業を行う必要があった。
 それが治水であったのがアジアの国々に共通する。中国では賢者と呼ばれる者は治水を筆頭に日本で言う公共事業の技術者である。歴代の中国の指導者を見ると技術屋が多い。ある意味では共産主義政権では文系より理系が出世する国家と言っても良いかもしれない。
 西欧では律令制度は国力の増強と拡大を目指したものであった。日本の荘園制度がそのまま国家たりえたのが西欧の歴史であった。当時の交通の便を考えるとヨーロッパの政治情勢と日本はあまり差が無かったと考えられる。
 違っているのは律令国家の納税制度である。日本は豊臣秀吉の検地により律令制度が統一されたが、それ以前にと言うか荘園制度のまま国家が個別に樹立してしまったヨーロッパでは逆に納税制度が先行していた。だから、王制による課税制度に対する矛盾を突いた民主的議会政治が芽生えたのだ。
 国民主権で律令制度を構築する。つまり、税制は政策の一丁目一番地で国民が決める考え方が芽生えた。その最たるものがイギリスである。


日本は年貢米精神から脱していない
 西欧の「自分たちで決める税制」に比べて日本では税率の議論に熱心だ。税金は課せられて当然との考え方からスタートしている。
しかも、その税金は西欧のコピーだ。例えばタバコ税であるが、先進諸外国が採用しているのだから課税して当然、以外の論理を持たない。日本のタバコは煙管で吸う刻みタバコのルーツを持つ。文化が違うのだから課税の有無から議論すべきだ。
 酒税についても同様である。
 NHKの朝ドラの「マッサン」が引き金になってウイスキー(スコッチ)の消費が伸びてるそうだが、そもそもウイスキーが出来たのはイギリスが酒税を導入したことによる。酒税が始まる直前に大量のシェリー酒を樽に詰めて隠した。やがて何年か経って樽から取り出してみると今までと全然違った酒になっていた。これがウイスキー(スコッチ)の発見である。だとすると、米を醸造して作る日本酒への課税とウイスキーへの課税は基本的に違う課税であるべきだが、まず、酒税ありきで種類別に税率を決めるやりかたが日本の税制の基本になる。だから抜け道を探して発泡酒なんてのが大手を振って出てくる。これは文化破壊だ。終戦直後のカストリと同じだ。
 律令国家の成立のためには何らかの受益者負担が必要で、それが税金である。そして税金には富の平準化を推進する効果がある。と言った標語は一見正しく思えるが、これは古い時代の考え方だ。この反作用としてパーキンソンの法則が検証される。「役人の数は、仕事の量とは無関係に増え続ける」である。これを抑制しない限り、役人の人件費である税金投入は増大し続ける。つまり、税金が無限大に増え続けることになる。ネズミ講と同じ話だ。
 一般の民間会社には営業努力によって収益を拡大する必要がある。役人には増え続ける役人が喰っていくためには税金を増やす。収益の考え方が無いからだ。まして、増え続けることの是非は念頭に無い。
 今年は戦後70年だが(何時まで「戦後」って言葉を使うのかなぁ)70年前にリセットして成立した日本の国民主権も制度疲労を迎えているのではないか。

国民の代表を欺す役人、欺される政治家
 民主党政権の不完全性は枚挙にいとまが無いが、最も大きいのは選挙で公約していたことを180度変えた「消費税10%政策」だろう。三党合意の形を取っているが言い出したのは野田総理である。そもそも、民主党は消費税を上げなくても日本国はやっていけると国民に訴えて政権を得た政党である。国民が民主党政権を選択したのを裏切る行為に出た野田なのだ?
 実は、役人に説得されたからだ。情けないことに国民から政権を預託された国会議員が、役人に懐柔されてしまったのだ。だから、私は今でも消費税増税法は無効であると考える。国民の信を得ていないのだから法律として成立し得ない。
 情けないことに役人に説得された国会議員だが、これは「何時か来た道」だ。日本が太平洋戦争に突入したのは政治家が軍部のテロリズムに屈した結果だ。それと同じ。
 一部の人間の仕業によって民主主義制度が危機を迎えている。それが、三党合意であり消費税増税だ。定数是正で各地で裁判を起こす弁護士集団があるが、消費税増税無効で裁判を起こしたほうがよっぽど価値がある。投票率が50%程度なので1票の格差を論議する意味はない。
 消費税8%でアベノミクスは足を引っ張られた。そもそも景気が回復すれば税収は増加するのだが、真逆な悪循環を選択してしまった。
 消費税10%への道は険しい。判断には1年半しか時間が無い。その間に消費税8%の痛手が回復するとは思えない。
 ここは役人に欺されないために、
1)公務員制度改革
2)消費税5%への戻し
を政策として明言するべきだろう。国会議員の数を減らしたって額はしれてる。単なるポーズで終わる。今一度パーキンソンの法則を打破する政治主導の政策立案が必要である。税制は国民から立法を預託された代議士が最優先で考える政治課題である。

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2015/01/05 Mint