北海道庁に見る責任放棄
前にも書いたけれど北海道庁の幹部の発言として北海道新聞は「口を出すと金を出せと言われる」って発言を記事にした。それが、すんなり編集キャップを通って記事になったとは思わないが、北海道新聞社のキャップにも同調する思いがあったのだろう
が、基本的に「金」は税金を指す。庶民感覚の「貯金を切り崩しても金をねん出する」とは全然違う。他人の金(税金)をどの名目で流すかだけの話だ。あたかも自分の懐の金みたいな風潮が北海道庁にあるのだから、これを追及するのが「知恵と力と勇気の子」かどうか知らないがマスコミの使命だろうが>北海道新聞社。
で、シーズンでもあるのだが北海道庁は副知事の人事異動を行った、関連する部長職の移動も同時に公表されたのだが私が関心を持つのはJR北海道の今後を北海道庁はどのように対処する人事異動なのかってエビデンスだ。
結果から言えば北海道庁は「JR北海道旅客鉄道」(ここをマスコミは「JR」とか短縮している)問題は北海道の課題では無くて国の課題と丸投げして責任放棄したってことだ。
役人答弁が目に見えるようだ。「各地の振興局には鉄道が無い地域もありますので、北海道の課題として持ち上げるのは行政として不公平を招くと考えます」って言うだろうなぁ。
今の統治機構は組織疲労
どうも、この理論を話すと賛同を得られない体験が多いのだけれど、今の日本の統治制度は官僚任せで限界に達していると思う。
もう10年以上も前かなぁ、珍しく検討委員会なんかのメンバーに選定されて参加したのだけれど、何時もの悪い癖で「黙って、承認」って役割を逸脱して「ここが、おかしいんじゃないか」と言ったのが「ネットワークを利用して地域格差は減少してる」って文言は間違っているって発言。
その意見に対して事務方の反論は「それって、東京では書いて欲しんですよね」って言われ憤懣やるかたなかったのだけれど、結論は次年度の委員の落選(笑い)。
「モウモウ牛状態です(笑い)」
立法府が次回の選挙での当選だけを目的に行動し、行政府はあ立法府(与党)の皮を被ったキツネ。そんな仕組みが経験則で積み上げられた今の日本の統治制度は再構築する必要があるだろう。
そもそも憲法改正論議の焦点は自衛隊では無い、日本の統治制度である議院内閣制が制度疲労している現状が実は現行の憲法によるからなのだ。地方自治はそれなりに問題を起こしているが「大統領制」に近い制度設計になっている。一方、中央政府は「議院内閣制」だ。
その制度の違いによる結果の成否は玉石混合だが、立法府が行政府と利益共同体、つまりゲゼルシャフトでは正しい国家運営は行えだろう。本来、三権分立は互いに「睨み合う」ゲマインシャフトでなければならないのだ。
何が組織のゲマインシャフトなのかを考えると、省益や次回当選の選挙対策なんての行動は出てこないはずだ。
そもそも、北朝鮮の出方次第って外交の瀬戸際でゲマインシャフトを無視した立法府の運営に対して国民(かどうか、知らんけど)が「安倍辞めろ!」って、叫んでデモしているのは、これもまた「日本は特別な国」なんだろう。
そもそも「愛国心」が欠如しても国民の代表として立法府の国会議員に当選するって国家は世界に日本だけじゃないのか。
それを自覚してか、旧社会党にも北朝鮮問題は置いといて愛国心のかけらはあった。今の野盗(あ、誤変換だ「野党」)である希望(の無い)党とか立憲(憲法を知らない立憲主義)とか民主党(組合以外は民意で無い)とかが、この国を運営できるとは思えない。
GHQが決めた統治機構を見直す政治勢力が起きないのはその方が既得権益には「安泰」だからだろう。
GHQが決めた統治制度を見直す気概が起きない現在の統治制度はある意味で1960年代の「米帝」支配なのだが、それで良いって選択は国民はしていないと思うがなぁ。