日本の産業革命は明治維新から
日本の「労働力」の考え方も産業革命から遅れること100年ほどで始まった。それまでは工業の経済では無くて商業の経済だったので、江戸の武家社会と関西の商人の世界が両立していた。商人の世界では労働力ってのは生産するファクターでは無くて流通をコントロールするファクターだった。だから、労働生産性なんて概念は無くて番頭と丁稚の世界であった。唯一、労働生産の階層は大工に代表される職人の世界だったが、これは職人と弟子の世界で組織としての経済行動には至っていない。
今で言うサラリーマンが始まったのは、明治維新の富国強兵による産業興しかと言うと、必ずしも今のスケールでは比べられないだろう。
明治維新以来の富国強兵が産業界に何をもたらした(起こした)かを書かれた文学作品が少ないが、五味川順平氏の「戦争と人間」は参照に値する。たまたま、小学校の時代にこの小説が映画化(その評判がどうだったか知らないが)されるロケ地が小樽の昔の運河沿いで撮影の見学に行ったので大学時代に原作を読んだが、戦争は経済によって起きる(惹起される)って視点は重要な考察だろう。同じく国内の工業生産が高まると売り先であるマーケットを求めて海外に進出するってのが行間に書かれている。あの時代、日本は「生産過剰」状態であったので大陸に進出したって歴史観もありだろう。
で、一方で、その国内生産は今の感覚で言う「労働力」とは少し違った。
究極の単純労働とでも言えば良いのか、機械の補助要員が人力でそのために賃金は極端に安く、労働時間も今では考えられないほど長時間だった。
ま、今の若い人には土曜日は休みだろうが、僅か30年ほど前の日本社会では土曜日は「半ドン」って午前中だけ勤務する曜日だった。当時若きサラリーマン(笑い)だった私は、毎週訪れる中途半端な出勤に(忙しい時は土日も無く休日出勤を強いられてたのだが)暇を持て余し、昼は実家の近くのラーメン店で「五目ラーメン」を食して帰宅(当時は実家に住んでいた)のだが、ラーメン店の親父と馴染みになって「これ試してみて」なんて新商品の味見役なんかしてたほど定番の勤務の状況だった)。
話が逸れた(Any Way)。
今も調べ中なのだが、当時(明治、大正、昭和初期)の「労働力」ってのは女工さんに代表される今で言う軽工業が主体で、重工業は男子の職人の世界、経済の基本は農業で富国強兵を唱えて増えた人口を支える経済は農業から工業への変革を迫られていたのだが、実は兵役が雇用を支えていた面がある。
だが、兵役は年齢層が狭いので退役した段階の世代を受け入れる受け皿として産業が未発達だった。だから第二次産業(この分類には私は懐疑的なのだが)に分類される工業が未発達だったので第三次産業であるサービス業が開花したのが大正デモクラシーの時代背景だったのだ。ま、これを「大正時代のバブル」と呼んでも良いかもしれない。
経営者と労働者はシナジー(相乗効果)
さて、日本の経済活動の歴史から現在に戻って再度見直してみる。
日本の経済活動はマルクスの「資本論」に描かれたようにはならなかった。何故なら先に書いたように江戸時代、そして明治維新を経ても経営は「番頭と丁稚」の文化を持っていたから「経営者」って概念がほとんど無かった。
あえて言えば「旦那はん」が経済の基本単位だろうか。
その基本は今の言葉で言うとWin-Winの関係だ。経営者も従業員も仕事を通して幸せに成ろうって共通な価値観が江戸時代の丁稚の時代に形成された日本の「労働文化」だろう。丁稚は頑張れば番頭になれて、暖簾分けを経て経営者(旦那)にもなれる。経験を積み重ねることにより組織のマネージメントが出来る時代。つまり、社会の変化が現在と比べて緩やかだったから出来た「労働」への感覚。
これが、明治維新以降は経営に参画する丁稚以外に、単純に「労働力」って層が生まれる。「野麦峠」なんかの女工哀史は、この層だろう。そこから大正デモクラシーが起きるのだが、このあたりは敗戦とともに見直されて、高度経済成長の時代には「社会党」に代表される労働者の権利(この場合の労働者は、前述の「女工哀史」に近い層が前提だが)が進められて江戸時代の価値観は衰退したように見える。
実は日本的マネージメントには「女工哀史」の層は無い(実際は、これが非正規社員なんだが)と見せかけて、正社員は「丁稚」、つまり、何時かは経営側になれるって「番頭はんと丁稚どん」のマネージメントが今でも生きている。
これ自体は文化なので是非を語るものでは無いか、今回の日産のゴーン会長への批判」(その是非でヒョーロン家は忙しいようだが)以前に「労働とは何だろう」って観点に立つと文化ですらあると考える視点が必要だろう。
日産のカルロス・ゴーン会長には多くの国で生活したにも拘わらず、それぞれの国の文化の理解が乏しかった。
昔の芸人(ま、例えるのが妥当かどうかは迷うが)には「芸人に、上手い下手の違いはなし、それぞれの土地の水に馴染めば」って言葉が有る。日産のカルロス・ゴーン会長は「水に馴染まなかった」のだろう。実は、これが致命傷なんだなぁ。
「俺がルールブックだ」では経営が出来ない文化(水)が日本なんだなぁ。