リケジョの話(頑固なリケジョの職場編)(5))

リケジョの話(職場編)「噂と誤解」
 前作の続編です。
 職場で「噂」だった事柄がこの「北の文化会議」に参加したことで社外にまで広まった。
シンクタンクの仕事をしている彼女が情報源なんだろうなぁと思いながら、私は職場の上司の立場なんだから指導しなければってのは辛かった。
 夜に電話して(当時は「社員名簿」なんてのが配られていて、そこには個人の電話番号(有線電話番号)が記載されていた。当時の暗黙のルールで「電話しても良いかい?」と聞いて「何時ころですか?」と言われたら時間をきめて電話するルールだった)」その意思を伝えたら、「良いですよ、電話待ってます」と言われた。
 電話で最初に言ったのは「御免、僕たちって職場の上司と部下だよね」
「知りません、私は私の感覚で生きてます」
真っ直ぐに話したら、あくまで彼女は「頑固なリケジョ」なんだなぁ。それを解っていて電話で話すってのも選択が悪かったのだろうけど。
 ただ、彼女(頑固なリケジョ)が少しづつ変わっているのが解った。あまり子供扱いじゃなくて、態度を変えなければなと思っていた。

そんなのが職場に広まるのは小さな会社だったから時間の問題だった。
「あの二人はヤバイ」って言われて、職場の上司も「ちょっと話聞いてもいいか」なんて言われて「彼女が職場で、お前のことを「おとうさん」って言うのは何でなんだ」と聞かれた。
「彼女は、そう、呼びたいんでしょうね。別に気にしてませんけど」
「ま、上司を「おとうさん」って呼ぶ女子社員も困ったもんだけど、お前、何かあったんだろう。俺は、お前が彼女に何をしたかは知らんけど、俺の知らないやりかたを沢山持っているからなぁ。あまり、噂にならないように彼女に言って置け。お前のことは新入社員だった頃から知ってるけど(前の職場でも直接では無かったけど上司だった)、あんだけ女性と遊んで、問題を一つも起こさないのは何故なんだぁ」
「どうしたら、そう出来るか知りたいですか」
「もう、いいよ、若くないんだから教わっても実践できないし。お前、まだそんな付き合いが出来るのか?」
「どうでしょう」と笑ったら「そうなのか。お前は自分が好きな女性は大切にするけど、自分が嫌いな女性は敵と決めて見向きもしないってことかぁ。ま、それが何故出来るのかは俺には解らない。俺は誰にも嫌われないようにする性格なのかな」って話だった。

 実は職場の部下ってことで悩むんだけど、会社の組織として別な部署に居たので、指揮命令系統上の部下では無かった。でも、既に上司と部下の関係を超えている感じだったのも事実だった。私の「好き」って言葉を理解出来ないのだろうけど、彼女が「おとうさん」と呼んでくれたのは一番近い表現だったかもしれない。

リケジョの話(職場編)「二人の秘密」
そんな事があって、彼女(頑固なリケジョ)の自宅に何時ものように電話していろいろ話したあとに、なんなら明日、仕事が終わったら食事しないかと誘って話す機会があった。
「昨日、呼ばれたぜ、君とのことは何なんだって言われた」
「どう、答えたんですか?」
「「おとうさん」って職場の上司を呼ぶ女子社員が作れるのが羨ましいって言ってた」(事実と違うんだけど)
「迷惑かけましたか。私、そのあたりの感覚が弱いしぃ」
何時もの言い方だった。反省してるのでは無くて探ってる、彼女(頑固なリケジョ)独特のイントネーションだった。
「クイズして良いかな?」
「なんでですか急に」
「言葉のアヤかなぁ、第一問「君は俺と東京で同じ部屋で眠った経験がある」」
「Yesで、ピンポンですけど「眠った」ですよね」
「第二問。彼女は函館で〇〇さんの部屋に二晩も泊まった」
「それもYesですけど「泊まった」ですよね。あれって、何かの仕掛けだったんですか?」
「そうじゃない、二人で解っている事でも、職場の他人には誤解されるってこと。一緒に「眠った」が「寝た」になる。「泊まった」が「通った」になる。世の中ってそんなもんなんだ、しかも状況証拠がそれを裏付けるし。だから、本当の事を解っている二人だけの秘密ってことで封印しないか。誰にも話さないって言ってくれよ」
「私が、言いふらしたって思っているんですか」
「いや、そんな感覚の口の軽い子だったら、最初からそんな危ない事はしない。君はまだ解らないかもしれないけど、君が俺の事を「おとうさん」と呼んだ事を聞いて、あらぬ憶測をするのが世の中なんだって知って欲しいんだ。これから、生きて行く時に大切な知恵だぞ」
「そうなんですかぁ」
「二人だけの秘密って、意外と楽しいぞ。秘密のサインも作れるし」
「でしょうか? でも、そうしますね」
「意外と素直なんだなぁ、それが君を好きな理由かな」
「あ、そう言えば、あの時も「好き」って言葉使ってくれましたよね。どんな意味なんですか」
「まだ、答えに出会わないのかぁ? 俺からは説明できないな、自分勝手な事を言っても怒らないかい」
「ええ」
「若いころは自分にとって「好き」だけなんだ。相手が何を思っているかは配慮が無い。だからグイグイと迫って行ける。でも、経験を積み重ねると、「相手はどうかな」って気持ちになる。だから、的確な言葉が出なかったから、あの時は「好き」って言ったのかも」
「好きになるかどうか迷っていたのですか?」
「いや、迷ってないよ。最初からは、言い過ぎか、最初に仕事が残業で遅くなった時に、食事しないかって誘った時に付いてきた時からかな。俺って単純だから、あ、気持ちが合うんだって感じた。君の「好き」と同期したと信じたって意味。でも、違ったのかなぁ? 前にも言ったよね「君の心の中に答えがある」って」
頑固なリケジョの彼女には理詰めで話すって使える面があった。
「あ、なんか解ります」
「で、俺の事、二人で居る時以外に職場で「おとうさん」って言うなよ。二人で居る時は「おとうさん」って言って抱きついても良いけど」
「抱きつくは無いと思います。あの時は私は彼氏と別れて、新しい彼氏リストを頭の中で作ったんだけど、妻帯者だったし職場の上司でもあったけど、○○さんも居たんです。でも無理だよなぁと思った。だけど出張の時にホテルで同室になって、運命なのかなって勘違いした。ただ、それで一番信頼できる人なんだと感じた。私は言葉知らないから「おとうさん」って使ったんです、でも、あの夜は..」
「それ以上言うなよ。君の口から作戦って言うか聞きたくないから、替わって俺が言うけど、違うなら言ってくれよ。その彼氏リストの作戦を成功させるには、俺に対してはかなりハードルが高くて「私が彼の子供を宿すこと」それが出来たら私は戦えるかもと思った。だけど、そこまでする価値を彼が、俺のことね、私に感じるかなって迷った。そんなあたりかな、だから、次の日の朝に「私って魅力無いですか」なんて変な話をした」
「言葉にするのって生臭いですね。自分の気持ちを整理すると少し違うかもしれないけど、考えなかった訳では無いですよ。私、悪い女を演じたほうが生きやすいかなって思ってましたから」
「そうかもしれない。でも、そやって夢を見る間は人生は楽しいんじゃないか」
実は、これが彼女に「変な知恵を付けた」になるのは当時は解らなかった。

リケジョの話(職場編)「旅立の詩」
 彼女(頑固なリケジョ)が28歳の時だったかなぁ、手紙が来た。私は何回か手紙しているのだけど、彼女は「私、言葉知らないから」と手紙のたびに会って話した。
 このあたりは秘密な合図があって「〇〇さん、竹内まりあさんのフアンですよね。私、昨日「辛子色のシャツ」は無かったけどセータ買ったんです。これを職場に着て行ったら夜、食事に誘ってくれませんか。職場で会いたいって言葉で言うのは難しいですし、まさか、〇〇さんの自宅に電話って無理ですから」
 仕事の関係で調整できなくて無理だった日があって、彼女は二日続けて「辛子色のセータ」を職場に着て来た時があった。翌日になったけど、地下街のブックセンターで落ち合った。「御免、昨日は打ち合わせがあって、知っていたけど今日になったね」と食事に誘ったら「女の子が同じ服装で職場に来るってどんなことか知ってます」と妙に不機嫌だった。
「なんか変な事を言われたの」と聞いたら「言われました。「彼女、昨日、家に帰らないで誰かの家に泊まったんだ。誰だろう、もし○○さんなら、家は無理だからホテルに泊まって直接出勤してきたのかなぁ」って」
「理系の職場であっても、女子社員の生活ってそんなんなのかぁ。なんかゲスだなぁ」と笑ったら「二日も同じの着て来たのに冷たいですね」と言われた。
「ごめん、でも、そんな緊急な話があったの」と聞いたら「私、文章下手ですけど、手紙出します。どうしたら奥さんに読まれないで〇〇さんの手元に届きますか」と聞かれたので「今、言えば良いじゃないか、会社で手紙をくれてもいいし」と言ったら「怒られる内容なんです。だから、手紙にします」と返事だった。「仕事関係の理系の会社の封筒でも使えば」と言っておいた。

 で、手紙の内容は会社を辞めるって話だった。
『「女28歳、いろいろあるわぁ」ってのは映画の「私をスキーに連れてって」の中にありましたね。最近は「ワタスキ」って言うのでしょうけど。
 時期が違ったからワタスキは昔の別れた彼氏と見たけど、○○さんと一緒に沢山見た映画の中でホイチョイプロの「彼女が水着に着替えたら」もありましたよね。あの時に原田知世さんが札幌まで来て舞台挨拶が有るって知ってて誘ってくれたみたいですね。私、原田知世さんて「ワタスキ」のシトって思っていたのが、何故、ここに私を誘ってくれるのと意外でした。何時も○○さんは、私に何かを教えてくれる。あの時、舞台の上の原田知世さんを見て、女優さんが持ってるオーラが何かを感じました。そして、私、頑張れば少し近くなれるかもと思いました。それから私も映画フアンになったんです。「ワタスキ」もDVD借りて見ました、ただ「彼女が水着に...」は○○さんが誘ってくれた思い出あって泣きながら途中までしか見られませんでした。何故あの映画に私を誘ってくれたのですか? 新しい恋をしろって事だったんでしょうか。私、○○さんに恋してるってイケナイ事だと知ってましたけど。
 私も28歳になってしまいました。大学生の頃には、その歳の頃の自分ってなんか幸せな家庭人かなと思っていたんだけど、人生は山あり谷ありですね。
 もう一回、チャレンジしようかなと思います。「おとうさん」に何時までも甘えていては駄目ですよね。ありがとうございました。
 私の決断に大きかったのはあのホテルでの一夜だったんです。何回も思い返して考えているのですが、あの夜は、私を女性じゃなくて人間として接してくれたんだなと今は思い返してます。そして「自分の足で歩け」って叱ってくれた、あれが無ければ今の私ってどうなっていたんだろう。進む方向は教えてもらったけど、自分で歩き始めるには時間がかかりました。でも、教えられた方向に歩き始められる自分が今、居ます。』と書かれていた。
 返事の手紙を出したけど「Good Luck]とだけ筆ペンで書いて葉書で出した。誰に見られても良いと思ったから。だって、後ろ指指されるようなことは何も無かったんだから。
ところが、手紙をくれてから数週間経ても、彼女(頑固なリケジョ)の退職の話が職場で回ってこない。総務部にそれとなく聞いても退職する社員が居るなんて話は知らないようだった。
迷っているのかなぁ、相談してくれれば良いのにと思っていたが、一時の思い付きだったら不問にするのが良いのだろうなぁと変に気を使って、しばらく様子を見ていた。
リケジョの話(頑固なリケジョの職場編(6))に続く

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2019/12/24
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