ロシアのウクライナ侵攻の考察
ロシアのウクライナ侵攻の考察
ロシアのウクライナ侵攻の考察
 まず、用語の定義をしてから話を進めたいと思います。
世界には多くの政治制度がありますが、ここでは「専制政治制度」と「民主政治制度」を対比することをベースで書いていきます。
 1)専制政治制度とは、王国や軍政のように「トップが政策を決める」仕組みです。実際は違うのだけれど「共産主義」の政治は「結果として」共産党のヒエラルヒーの「トップが政策を決める」仕組みに「制度的に陥っている」から、こちらに含まれる。
 2)民主政治制度とは、国民の選挙での投票によって政治組織を構築(選ぶ)制度で、その歴史は西欧で200年くらいの歴史を持つが、ポピュリズム政治(人気取り)と批判もされるが是非は別にして日本では「地獄の民主党政権」を実現できたのだから「国民がトップを選ぶ制度」として生きている。
 で、マスコミ報道を見ていると、極論の「プーチンはパーキンソン病だ!」なんてのもある。ま、エビデンスが不明確なので何とも言えないが「パーキンソン病的である」かもしれない。
 実は、ここが「専制政治制度」の限界で、一人のトップが国家の方向を決めてしまう制度は「個人の資質」が全責任を負う仕組みだ。
 これは、中小企業の代表取締役(ほとんどは社長)と同じで、企業の維持管理の責任は「社長」一人(ま、役員も連帯保証人だが、決定は社長が行い、責任も負う)が負っている。ただ、「社長」は企業が運営できなくなって倒産しても企業は消えるが社員は他の企業に転職できる。
ところが「国家」が「倒産」すると国民は転職できない。
そこが企業経営と国家経営の大きな違いだろう。

 で、ここから本論なんだが(前置きが長すぎるって!)
私は今回の「ロシアのウクライナ侵攻」は、歴史の流れ(10年単位のスパン)として、共産主義政治(制度s設計の欠陥で結果としての専制政治制度)に今までアリエナイ「見直し」を強いるのではないかと考えている。
世界の「大国」には2国の「専制政治制度」を採用している国がある。これが政治制度の改革を迫られるのではないだろうか。
 実は世界の国々が大東亜戦争(日本政府表記、一般的表現は「第二次世界大戦」)から学んだのは「経済的な連携が戦争を予防する」ってことだ。日本は特にその効果が強い。戦争相手のアメリカとの「経済的な連携」が昭和30年代に開花した「経済的な連携」だったのだから。
 で、ロシアも中国も、その効果を十分に利用して、特にロシアの石油と天然ガスは「経済的戦略物質」として「絆」形成に貢献してきた。
しかし、今回のEU諸国を含めてエネルギー依存って形で「経済的連携」を「断ち切る」って決断は、やはり政治制度は経済制度に優先するってことだろうなぁ。
 政治制度の後ろ盾で経済交流があるってのが本質かもしれない。
このあたりは五味川順平さんの著書「戦争と人間」に「政治と経済」ってテーマで先の大東亜戦争の本質として書かれている。
結局「共産主義の崩壊」と将来の歴史の年表に書かれる事件が「ロシアのウクライナ侵攻」なのだろうなぁと私は予測している。中国も「戦々恐々」としてるのでは無いだろうか。
将来の歴史の年表に「滅びた国」と掲載される可能性は高い(10年レベルの中期レンジで)。
 共産主義は思想として理解できる(学生運動をやっていた50年前)面はあるのだが、それから会社経営を担うようになって「組織論」が企業には大切だと思っていた。 中小企業は先に書いたようにトップの判断で経営されるが、これを覆す方法は2つあって、1)株主を味方に株式の過半数を得る事。2)株を売り払って辞める事のどちらかになる。
 トップに反旗を翻すには、最高議決機関の「株主総会」で活動が必要になる。その意味では「民主制度」なのかもしれない。
だが、企業は失っても多角的な面から「再生」ができる。でも国家は失ったら「再生」できない。
 このあたりの結論が歴史のページに書き込まれる時を我々は目にしているのだろうか。それは、歴史の体験者として嬉しいのだが、結果が多数の人々の「不幸」であるのが悲しい。

2022/03/03
Mint