サラリーマンには「役得」が結構ある
出張は「全額会社持ち」の旅
会社に「入所して」初めての「出張」。
私は入社早々の秋に初めて「出張」を体験しました。
まだ、担当業務が決まらずに「研修主張で東京の新宿のNECのACOSセンター」でした。
当時のグループ長の主任に「なんでですか」と聞いたら「ACOSが導入されるので研修を若手に任せろって会社の方針なんだ」と言われた。
で「出張稟議書」の書き方を総務部で教えてもらって、初めての「出張」だった。
東京のホテルも知らないので、高校の修学旅行で泊まった「上野の旅館」なんかを予約した(笑い)。
「会社に入ると「旅」が会社の金でできるんだなぁ」と思ったのが最初の「出張体験」だった。
もちろん「往復航空機」で、これまた「飛行機ヲタクの私には楽しかった」(笑い)。

「接待」も「役得」のひとつ
 私は業務分析とか業務フローで「提案書」を書いて「営業部門のサポート」をしていた特殊な「システム部員」だったのだけれど時の「営業メンバー」は資料の説明が出来なくて、客先プレビューを行わされた。
 特殊なシステム部の要員だった。その関係で「飲み会には彼からも話を聞きたい」と誘われて「会社の「接待」に同席」することが多かった。その意味では「北見工大出身」のド素人でも「ススキノ情報」を手軽に得られた(苦笑)。
地方自治体の「委託系産業」を請け負っていた計算センターだったので、地方自治体の担当者が「打合せと称して」札幌にやってくることもあるが、多くは「システムの改修打合せ」で私が担当する「水道業務システム」で現地に「出張」するのが月に2回ほどあった。
一番、札幌から遠かったのは浜頓別町と網走市だった。
近くの石狩町(当時)にはバイクで行って、帰り道は雨で「ズブヌレ」になったこともあった。
網走市役所の水道局には当時「情報収集費」って予算があって「逆接待」を受けた。ま、「講演会的な情報収集」の予算だったのだろうから、今ではダメな他市町村の水道事業の情報を引き出そうとしているのだけど、実態は「逆接待」だった。
 実は「網走市役所水道部」との「出張」には結婚式に「祝電」を送ってくれたので「新婚の奥様と網走の流氷を見るか」として「公私混同」だったのだ飲み会のスナックで「来てるなら呼べ」と当時の宿に戻って「参加するかぁ」ってことで2人で「逆接待」になったのですねぇ。
「情報収集力」は大切ですね。
「経営は「人、もの、金、情報」+時」ですね。
「時間外手当」の支給
 就職した時に「驚いた」のは「時間外手当」の支給だったなぁ。
 今まで大学で「卒業論文」を必死で書いていた身なので、17時を過ぎて勤務すると「時間外手当」が支給される。
就職先が計算センターだったので「担当するシステムの改修」があって「結果確認」のために汎用機の運用スケージュールが日曜日になることもあった。その「立ち合い(実際はテスト済でOKだったのだが)」にも「休日出勤手当」が支給された。
 入社当時に「助けっと」で「市町村税」に春の連休中に巻き込まれるのだが、基本給と同額の「時間外手当と休日出勤手当」を受け取ることになる。手取り給与が「倍になる」のだった。
 「会社は何を考えてるのかなぁ」と思いながら、一山超えたのだが、年末が近づくと「市町村職員給与の年末調整」の「助っと」を要請される。
 ま、「若かったから体力があった」って事もあるのだろうけど、新しい業務を知ることと汎用計算機機のシステムの仕組みが勉強できた。
 この「市町村業務」に関心を持ったので計算センター時代に多くの「市町村業務」い触れた。地方自治体には「基本26業務」が定義されてるが、当時の計算センター業務で「固定資産税、住民税、市町村職員給与(これは26業務とは別(今も2重帳簿制度が横行)、一般会計(水道業務)、特別企業会計(下水道))などを「勉強した(ある意味で「業界情報」かなぁ)
 で、複数人が担当していた「上下水道業務」を私に一本化する話が持ち上がったのは入社3年目の人事で「主任」って役職になった時だった。
 「このままいくと、時間外手当は管理職手当で頭打ちだなぁ」と思い、広い業界だったので「転職するかぁ」と考えた。
それは「就職先探し」では無くて「会社設立探し」だった。


2023/02/08
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