巨大システムの落とし穴、人間の部品化で安全喪失

昔はエスカレーター・ガールが居た
 日本の高度成長時代に行われていた安全管理方策が、人件費の高騰によって無人化による効率(利益追求)に変わりつつある。例えば昔はデパートのスカレータの横にはエスカレーター・ガールが居て客に愛嬌を振りまいていた。別に愛嬌担当では無くて、エスカレータに乗る顧客の安全管理が主たる仕事なのだが。
着物の高齢な女性がエスカレータに乗る時など速度をゆるめていた。今、これに近いのはスキーをする時のリフト。これもリフト券のチェックがメインの仕事では無くリフト(法律用語では「索道」)の安全管理のために居る。ドアに挟まれて子供が亡くなった回転ドアだって、昔はさりげなく安全管理のために人が付いていた。
 そうそう、エレベーターガールはまだ居るなぁ。昔、韓国に行ったときにソウルの北海道新聞支局を訪れに受付で聞いたらエレベータで7階に行けとのこと。エレベータに乗って勝手に7階のボタンを押したら韓国女性がえらい剣幕で韓国語でまくしたて、勝手に押してはいけないシステムになっているのを知った。
また、今でもノーシンのCMなんかでエレベーター・ガールは出てくるが、さすがにエスカレーター・ガールは日本には生存していないのではないか。他に女性のバスの車掌、受付嬢も最近は少ない。そうそう、電話交換手なんか居るの役所だけだよなぁ。
人件費削減のための自動化は安全が担保されてこそなのだが、100%の安全は無理としても、経費削減の視点からのみのアプローチには何処かに破綻を生じるだろう。ATSが無い状態で人の判断のみの運行で、結局、事故を招いてしまったのは、何処かに安全の視点からでは無く、経費削減の視点から制度改革を行ったのだと、今になって解るのかも知れない。最初から「それでは安全が保てない、なんて言うのは教条主義の労組だけだろうが、でも、結果として安全が保てなかったのだ)

電車だって2人乗務が常識だった
 若い人は知らないだろうが、昔の電車は運転席は2人体制だった。指差呼称確認(「しさこしょうかくにん」と読む)が原則で、線路に設置されている標識を指さしながら読み上げ、もう一方が確認と答える。そんな操作で電車は走っていた。
 航空機もDC−8の頃はコックピットクルーは機長、副操縦士、航空機関士の3人が分担して航空機の運航を行っていた。
バスも今でこそワンマンカーだが、昔は車掌が乗務していた。ほとんどが女性だったが。これもキップを切るのが主たる仕事では無く、バスを誘導するために乗務していた。バスの車庫入れなどはホイッスルで的確に誘導するさまは女性の憧れの職業に相応しいものだった。今でも観光バスには女性ガイドが乗務しているが、昔の車掌の面影は無い。なんせ、揺れるバスの中を歩き周りカバンからキップを出しながら集金し、お釣りを渡し、次の停留所ではドアを手動で開け閉めするのだから。
 電車は2人体制を合理化して1人体制にするためにATS(各種型式はあるが)の設置により安全を確保しつつ、1人乗務体制に変わっていった。一番大きいのは東京の山手線で全線ATSがあるので、1人体制になったのは早かったと思う。これも最初は過密ダイヤによる事故防止の観点から設置され、それが「結果として」合理化に役立って1人体制になったのだ。
もっとも、山手線で運転席近くに立っていると駅が近づくたびにATSが鳴り、鳴っているのが当然のように電車を操作していく。ATSと組んで職人芸的な運転を行っているのだが。
何故か北海道のようにATSが付かない地域でも自然と1人乗務体制になっていった。
 航空機のいわゆる「ツーマンクルー」はFMS(フライト・マネージメント・システム)の設置により航空機関士が必要無くなり2人体制になった。そもそも航空機関士の職務はジェットエンジンの管制や長距離海上飛行の時に六分儀を使っての位置確認だったので機械による自動化が行いやすいケースではあった。またDC−8の航空機事故に多かったのは生還のために航空機関士が油圧がアウトしている状態で的確に今必要な油圧を供給するって場面が多かったが、これも油圧系統が何重にもなって全系統壊れたときは航空機関士も手が出ないので所詮墜落の憂き目を見るってことで航空機関士は乗務しなくなった。実際、近年の航空機事故ではハイドロ(油圧)全部駄目って時しか無いような気もするが、これは確かなデータが有るわけでは無い。
 傑作な話は熊本でバスに乗ったときに見たのだが、全てのバスの後部にカメラが設置されている。これを運転席の横のディスプレーで見る仕組みなのだが、まったく使い物にならないらしく、一回大きくバックして切り替えれば回れる所で、50cm単位に何度も切り返して回っていた。ま、安全管理のために付けたカメラだったのだろうが、まったく機能していないようだった。

自動化された場でのオペレータの資質
 とあるパイロットのホームページに今回の「福知山線列車脱線事故」のコメントが載っていた。運転士の23歳の年齢に驚いたそうだ。航空機だとその年齢では訓練生から副操縦士になった頃で、これから航空機に同乗しながら各路線を飛びスキルを付けている。おおむね3000時間程の副操縦士としてのフライトを経て、機長昇格試験となる。年齢的には30歳を越えている。それに比べ、同じ500名以上の生命を預かる列車の運転士が23歳ってのは信じられないと述べている。
 加えると、1人乗車なのでこのパイロットの考えている機長が23歳ってことと同等なのだが。
 「細かなことに固執せずに、おおまかにものを見られるようになって、始めて機長になれる」とも書かれていた。このパイロットはツーマンクルーを良く知っているのだろう。交通の安全運行には経験が必要で、その経験てのは単にスキルを付けるのでは無く、リソース・マネージメント、つまり資源をいかに有効に使うかなのだ。そのためには自分もリソースの一部でしか無く、全体を広く均等にマネージメントしてこそ最良のリソース・マネージメントになる。
 コックピットクルーの訓練手法に「CRM(コックピット・リソース・マネージメント)」てのが有る、版権は日本能率協会が持っているので詳しくは書けないが、訓練の最初に複数人のグループを作ってジグゾーパズルを組み立てる。この時「なに!ジグゾーパズルは俺の十八番だ。任せておけ」って人が居るグループは完成が遅い。体感を通じてリソース・マネージメントを取得するのだ。
裏話だがJALの老練パイロットである加藤常夫機長が、最初に「こんなん、やってられない」とドアを空けて出ていったそうだ。(あくまで、噂の尾鰭が付いていると思うが)

リソースを管理するオペレータが必要
 職人気質で「何が何でも俺がやってやる」ってタイプは現代の自動化の進んだ機械のオペレータとして資質に欠ける。再度述べるが自分もリソースの一部として全体を上手に機能分散させていくタイプがこれからの機械操作に求められる資質だ。
暴言を吐かせてもらうと女性がこれからの機械オペレータに向いているのではと思っている。JR西日本に限ったことでは無いが、女性オペレータの育成が今後の安全管理に重要なファクターになるのでは。
昔と比べたら車の運転も女性が増えた。これもオートマ車が普及したためと思われる。もっとも僕から見たら女性は下手な運転が多い。それは僕みたいに「何が何でも俺がやってやる」みたいな男ドライバーに混じって運転しているからかもしれないが(笑い)。
それと、職人を育てるような今の自動車学校の教育の問題もあるかもしれない。車の操作を満足に出来れば免許を発行する今の制度では道路交通を構成する様々なリソースのマネージメントは教えない。「子供と老人には注意しろ」だけではとてもリソース・マネージメントとは言えない。道路交通の構成員としていかに馴染んでいくかの教育が皆無なのだから。
 翻って考えてみると、高度成長時代の教育が破綻してるのでは無いだろうか。所詮、職人を育てる教育制度が自動化の進む時代に必要な人材を育ててこなかったのではないか。これは、この後で考察してみたいと思う。

button オーバーラン、NHKドラマ「迷路の歩き方」
button 尼崎、福知山線の列車事故原因究明の迷走

Back
2005.05.09 Mint