イージス艦「あたご」の当直2士官を書類送検

事故から4ヶ月も経った
 イージズ艦「あたご」とマグロ漁船の清徳丸が衝突して清徳丸の2名が行方不明(その後、死亡を認定)になった事故は2008年2月19日の3:50頃に起きている。衝突したマグロ漁船清徳丸は艦橋部分で船体が前後に分かれ船首側は沈没しなかったので船体が回収された。
 事故当初の海上自衛隊の伝える情報が二転三転し、石破茂防衛大臣を通して伝わる情報はまったく信頼できないものだった。事故報告のために当直士官をヘリコプターで防衛省に運んだり(海上保安庁の調査が始まる以前に)、衝突の2分前に急制動を掛けたが間に合わなかったとか、まったく信憑性に欠ける情報が一方的に流されていた。
 事実の確認には多くの物的証拠(例えば、破損した清徳丸の船体。航海記録等)があるのにも関わらず、乗組員へのヒアリング(相互に矛盾してる場面がある)調査を行って当時の状況を再現しようとした調査(捜査)手法を執ったことが、これだけ全容の把握に時間がかかった原因ではないか。
イージス艦「あたご」がマグロ延縄漁船団に突入 初期の段階で書いたが、状況証拠から推測出来る事柄の裏付けを取るヒアリング調査であれば、こんなに時間は掛からなかったのではと思う。以下、項目別に検証する。

衝突時のイージス艦「あたご」の速度
 当初の海上自衛隊からの情報は「1分前に気がついたので逆推進を行ったが間に合わなかった」であった。清徳丸の破損した船体は横からのイージス艦「あたご」の船首によって寸断だれたもので、船体の寸断にかかる力は「あたご」の前進速度である。船体が寸断されるような強い力は当時の「あたご」の船速度10ノットより減速したものでは無い。
 衝突時点で「あたご」の速度は10ノットのままだったと推測される。
イージス艦「あたご」の防衛省の中間報告 にも書いたが、その後の乗組員のヒアリングの中に「両舷停止命令は衝突の後に聞いた」との証言がある。実際に寸断された清徳丸の船体を海上保安大学校(広島県呉市)が鑑定して衝突速度は10ノットと鑑定結果を出している。
 つまり、当初の「2分前に気がつき1分前に両舷停止、その後、逆推進」は全くの偽情報だった。その点の追求を避けるために4ヶ月もの冷却期間を政治的に設けたのだとしたらとんでも無い。正確な情報を的確に流すのがシビリアンコントロールの基本だ。海上自衛隊は情報を隠匿したり、改竄して真実を伝えない組織体質があるとしたら大変問題だ。
 今回の第3管区海上保安本部の発表にマスコミはこの点に触れていない。インタネでのニュースでは読売新聞だけが「10ノットで衝突」を報じている。当初の「2分前に気づき1分前に両舷停止」が個人の勘違いでは無くて組織的に捏造された情報である事にもっとマスコミは危機意識を持つべきだろう。
 軍隊が現場で口裏合わせを行い、虚偽の情報を国民に流したって事実は大問題なのだから。

海難審判が開かれる
 今回の海上保安庁の書類送検とは別に、横浜地方海難審判理事所が横浜地方海難審判庁に審判開始を申し立てる予定だ。時期は未定だが海上保安庁の結論が出たのを受けて数週間の内には開かれるだろう。海難審判は事故の責任者を絞り込むのが目的では無く事故の再発防止を目的に開かれるので証言に立つ自衛隊員は真実をありのままに語り、事故の再発防止策を誘導してもらいたい。
 本来、再発防止策が急がれるのだが、今回は逆になっている。
そのためかどうかは関係ないが、イージス艦「あたご」の事故の後、3月5日になって明石海峡でタンカーと貨物船2隻の衝突事故が起こり原因は狭い明石海峡通過時にオートパイロットを使っていてお互いが回避行動を取らなかったことと早くに事故原因が明らかになっている。
イージス艦「あたご」の事故原因速報が無い
 尚、清徳丸については「適切な海上安全行動であった」と書類送検からは外されている。衝突の危険を感じたら右側に見る船が右舵を斬って回避行動を取らなければならない。この場合イージス艦「あたご」を右に見た清徳丸が右に、同じく清徳丸を右に見たイージス艦「あたご」が右に舵を切らなければならない。清徳丸は直進すると右に舵を切ったイージス艦「あたご」と衝突の危険があると回避行動を取ったのだろう。まさか、直進してくるシーマンシップは無いと判断したのが不幸だった。

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2008.06.11 Mint